まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

労働を「殺す」

2022.09.16 事象の過不足と労働について

2022.09.16 過ぎたるもの、足らざるもの、適当なもの 人間は飢えたり、粗末な食生活を送っていたりすると、どのようになるか。無論、食を求める。自身の満足する食を。 では、その美食を極めた場合はどうか。旅先でも構わないし、あるいは親族の集いでも構わ…

2022.08.31 労働と季節について

2022.08.31 八月も終わる。即ち夏は終わる。秋が文字通り音を立ててやってくる。野分が。 何とも労働の最中にある夏とは、悲劇のようであった。フラットに気温の高い日々が押し寄せてくるだけ。西瓜も花火もラジオ体操も、何も私のものではなかった。ただ、…

2022.08.12 労働における他者について

2022.08.12 まったく身体が重い。思考もおぼつかない。とりわけ何か気に病んでいるわけでもないが、文字を連ねていると息切れするような感覚に襲われ、姿勢を正しく保つことが出来ない。 仕事のことを考えてしまったからであろうか。労働のことなど、一秒た…

2022.08.08 「朝は時間がない」という風説と労働について

2022.08.08 「朝は時間が無い」とは正しいか? よく「朝は時間がない」と言われる。しかし、そんなはずは無い。朝に時刻は存在しているのだから。一般的な生活リズムを送っている人間は「朝」と呼ばれる、概ね午前十時までに起床し、ある程度の余暇を持って…

2022.07.21 オフィスの狭さについて

2022.07.21 オフィスは狭い。どのように敷地を多く確保しているオフィスであろうとも、どのように広々としたオフィスであろうとも、例えApple Parkであろうとも、オフィスは例外なく狭い。窓の広く、景色が見渡せ、そして光りが多く採られていようとも、オフ…

2022.07.17 -02 労働が拷問である所以について

2022.07.17 そのに 思ったんだけど、希望って自分で見つけるものではないのかしら。 我々の先祖は果たして、誰かに教わって日本列島へと渡ったであろうか。そのはずはない。道は自ら見出すものだ。 このように、私は深く考え、深く絶望し自らを闇の中に放り…

2022.07.17 労働による絶望の発症と死について

2022.07.17 眠い。 久々に「安息の睡魔」を感じている。これもまた、どれほどの幸いであろうか。 気絶する必要もない。恐るべき朝も来ない。ただ安らかに睡眠を求める。誰に縛られることもなく安らぎを享受する。そんな一時。 つい数ヶ月前まで、この時は水…

2022.07.15 家畜の告白について

2022.07.15 最近はもはや自我が壊れてしまっているので、ただYouTubeと『大鏡』を徘徊し、朝鮮語を習得する機械と成り果てている。 ところでYouTubeを徘徊している不審者として生活しているうち、何を思っているのであろうか、この私に就職活動の動画が回っ…

2022.07.14 労働による自我の崩壊に関する御報告について

2022.07.14 残念ながら、私は長生きできそうもない。 夢も希望も楽しみも、もう何もかも去ってしまった。労働によって心を壊されてしまったらしい。学生の頃にはあれほど期待に満ちていた世界も、恐ろしいことに、今の私には何も映らない。ただ、眼前には暗…

2022.07.12 労働の救いについて

2022.07.12 今日はそういう気分でなさそうだ。 いつになったらそういう気分になるとでもいうのだろうか。 とりあえず、スマートフォンを禁じるべきであるらしい。 自明の理として、人間は働くべきではない。自我を失い、魂を失い、世界を失うことは、決して…

2022.07.03 おとなおままごとについて

2022.07.03 今日はこのブログを十分で書き上げる。 時間が無いのだ。優雅に休暇を——偽りの休日を——過ごしていたら、もうこんな時間となってしまった。この休日は、苦しみに対して目を失うよう設定された光源であるというのに、私はそれを堂々と受け入れてし…