まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

労働を「殺す」

2023.03.09(残297日) 「働きたくない」と作家というキャリアについて②

2023.03.09(残297日) 昨日のおさらい:働かずして働く 「働かずして働く」作家 働かずして働く作家のデメリット 補記:私はなぜ作家に本懐上の意義を付与したか? 昨日のおさらい:働かずして働く 昨日は、私の社会生活における前提を「働きたくない」と設定…

2023.03.08(残298日) 「働きたくない」と作家というキャリアについて①

2023.03.08(残298日) このブログをサボっていたらとたんに執筆速度が落ちてしまった。矢張り、とにかく文字を短時間に多く書き連ねる、というのは執筆において良い訓練となるらしい。 私はなぜ作家を望むか——現実的な観点において 前提:働きたくない 社会は…

2023.03.03(残303日) ひな祭りと労働について

2023.03.03(残303日) 明かりをつけましょ ぼんぼりに 働いて生きる くらいなら 働かないまま 死にたいわ 今日はたのしい ひなまつり

2023.02.12(残322日) 成果と死について

2023.02.12(残322日) 成果なき人間は死者である 予てより述べているように、人間とは成果である。成果を残すからこそ価値があるのであって、成果なき人間は死んでいるのと等しい。子も成さず、名も残さず、ただ仕事に明け暮れているような人間は皆、死んでい…

2022.10.11 人間の死ぬべき時期について

2022.10.11 学生を卒業したら、死にましょう 人間はいつ死ぬのが、最も幸せか? それは個々人の生育環境による。しかし、現代の日本において、それはそう大きく乖離するものでもない。基本的に我々は何者になることも出来ないのであり、生育環境についても、…

2022.10.09 労働意欲の殲滅について

2022.10.09 労働意欲を殲滅せよ 人間が労働から解放されることで、その当人が真に幸福であると考えることに時間を投ずることが出来るので、結果として人間の総幸福量が最大化される。故に人間は労働から解放されなければならない。 ここで憎むべきは何か。そ…

2022.10.07 ガーシーと労働について

2022.10.07 ガーシーは「働かない」政治家 ガーシー、という議員先生が居る。何でも、国会議員に課せられている登院の義務を拒否し、問題になっているらしい。正直、議員先生となられるまで彼のことを知らなかったし、彼が著名である理由も未だ存じ上げてい…

2022.09.16 事象の過不足と労働について

2022.09.16 過ぎたるもの、足らざるもの、適当なもの 人間は飢えたり、粗末な食生活を送っていたりすると、どのようになるか。無論、食を求める。自身の満足する食を。 では、その美食を極めた場合はどうか。旅先でも構わないし、あるいは親族の集いでも構わ…

2022.08.31 労働と季節について

2022.08.31 八月も終わる。即ち夏は終わる。秋が文字通り音を立ててやってくる。野分が。 何とも労働の最中にある夏とは、悲劇のようであった。フラットに気温の高い日々が押し寄せてくるだけ。西瓜も花火もラジオ体操も、何も私のものではなかった。ただ、…

2022.08.12 労働における他者について

2022.08.12 まったく身体が重い。思考もおぼつかない。とりわけ何か気に病んでいるわけでもないが、文字を連ねていると息切れするような感覚に襲われ、姿勢を正しく保つことが出来ない。 仕事のことを考えてしまったからであろうか。労働のことなど、一秒た…

2022.08.08 「朝は時間がない」という風説と労働について

2022.08.08 「朝は時間が無い」とは正しいか? よく「朝は時間がない」と言われる。しかし、そんなはずは無い。朝に時刻は存在しているのだから。一般的な生活リズムを送っている人間は「朝」と呼ばれる、概ね午前十時までに起床し、ある程度の余暇を持って…

2022.07.21 オフィスの狭さについて

2022.07.21 オフィスは狭い。どのように敷地を多く確保しているオフィスであろうとも、どのように広々としたオフィスであろうとも、例えApple Parkであろうとも、オフィスは例外なく狭い。窓の広く、景色が見渡せ、そして光りが多く採られていようとも、オフ…

2022.07.17 -02 労働が拷問である所以について

2022.07.17 そのに 思ったんだけど、希望って自分で見つけるものではないのかしら。 我々の先祖は果たして、誰かに教わって日本列島へと渡ったであろうか。そのはずはない。道は自ら見出すものだ。 このように、私は深く考え、深く絶望し自らを闇の中に放り…

2022.07.17 労働による絶望の発症と死について

2022.07.17 眠い。 久々に「安息の睡魔」を感じている。これもまた、どれほどの幸いであろうか。 気絶する必要もない。恐るべき朝も来ない。ただ安らかに睡眠を求める。誰に縛られることもなく安らぎを享受する。そんな一時。 つい数ヶ月前まで、この時は水…

2022.07.15 家畜の告白について

2022.07.15 最近はもはや自我が壊れてしまっているので、ただYouTubeと『大鏡』を徘徊し、朝鮮語を習得する機械と成り果てている。 ところでYouTubeを徘徊している不審者として生活しているうち、何を思っているのであろうか、この私に就職活動の動画が回っ…

2022.07.14 労働による自我の崩壊に関する御報告について

2022.07.14 残念ながら、私は長生きできそうもない。 夢も希望も楽しみも、もう何もかも去ってしまった。労働によって心を壊されてしまったらしい。学生の頃にはあれほど期待に満ちていた世界も、恐ろしいことに、今の私には何も映らない。ただ、眼前には暗…

2022.07.12 労働の救いについて

2022.07.12 今日はそういう気分でなさそうだ。 いつになったらそういう気分になるとでもいうのだろうか。 とりあえず、スマートフォンを禁じるべきであるらしい。 自明の理として、人間は働くべきではない。自我を失い、魂を失い、世界を失うことは、決して…

2022.07.03 おとなおままごとについて

2022.07.03 今日はこのブログを十分で書き上げる。 時間が無いのだ。優雅に休暇を——偽りの休日を——過ごしていたら、もうこんな時間となってしまった。この休日は、苦しみに対して目を失うよう設定された光源であるというのに、私はそれを堂々と受け入れてし…