まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

死生論

2022.09.20 人を決意させる些細な日常について

2022.09.20 恋の冷めるときというのは、ほんとうに些細なものが原因であると謂う。彼氏が茶碗に米粒を残したまま食事を終えた。彼女の携帯電話の待受画面が虫であった。髪が跳ねていた。化粧が崩れてアシンメトリーであった。服がなんか変であった。歯に何か…

2022.09.09 冬について

2022.09.09 惜しいことに女王陛下が崩御あらせられた。しかし私は女王陛下の今後を祈ることなど出来ない。国教会の者ではないのだから。 それに、私が祈るまでもなく、主は女王陛下を救われるだろう。主は貴方のしもべを救われる。 ああ、異教徒がこんなこと…

2022.09.08 「生きているだけで誰かの救い」について

2022.09.08 「生きているだけで誰かの救い」か? 先日は「生きているだけで儲け物」という風説を否定した。同様に、今日では「生きているだけで誰かの救い」であるという風説も否定できる。端的に述べれば、「生きているだけで誰かの救い」であるかどうかは…

2022.09.06 「生きているだけで儲けもの」という嘘について

2022.09.06 生きているだけで儲けもの、という嘘 「生きているだけで儲けものだ」なんて台詞を、よくSNSの上で見かける。これほど人の欺かれる嘘を私は見たことがない。私はこの嘘を糾弾するため、パソコンに向き合っているようなものである。 ところで私は…

2022.08.18 生きる意義について TAKE2

2022.08.18 人生のテーマ 人生とは何か。人の生である。では、生とは何か。こう言い換えられる。人はなぜ、生きているのか。 死ぬのが怖いので生きている。私は以前、このように考えた。どこかに書きもした。 これについて、見直しが必要である。死が怖いか…

2022.08.11 死という敗北について

2022.08.11 死という美 死は美しい。死は人を魅了する。とりわけ日本人は心奪われることであろう。雪を見ている。死に瀕してなお足掻くアーティストなど、感涙すら誘う。ああ、このように美しいものが、この世界に存在したのか、と。 しかし、死は外部から観…

2022.08.05 生き地獄と生死の選択について

2022.08.05 今日は誰にも逢うことなく一日を終えられそうな、そんな予感がしている。 生き地獄たる浮世 この世はまさしく生き地獄である。 人間は醜悪であり不愉快である。その人間と関わりを持たなければならないことは非情である。 労働は生の引き換えとし…

2022.07.25 善性と死について

2022.07.25 どうにも今日は死の他に何かを考えることが難しい。 私のような善良な者がなぜ死を考えなければならないのだろうか。私の善性は保証されている。私は誰を傷つけることもない。ただ、今まで通り平穏に生きていたいだけ。なぜこれが否定されなけれ…

2022.07.20 創作に対する想いについて

2022.07.20 いずれ死と生にフォーカスして述べようと考えている。もしかしたらプライベートに関する事柄は除くこととなるかもしれない。故に、今書けるものは書いておかなければならない。 一生寝ていたいのだけれど 私は創作などしたくない。本当だ。 元来…

2022.07.16 古典と死への羨望について

2022.07.16 自然の音に心委ねつつ、脇息に凭れ、灯りを寄せて大鏡を読む。これほどの幸いがあろうか。極楽にも届きそうなほどである。私はもしかして、いま極楽にでも居るのであろうか。 いや。忘れてはならない。私がいま居るこの場所は、地獄である。 古典…

2022.07.13 無常について

2022.07.13 この世は無常である。あらゆることが移ろうこの現世の中で、たった一つの不変の真理。無常。 例えば、この動画。 youtu.be 今上帝の御即位について振り返ってみようと、何気なく再生したこの動画にも、この動画ですら、無常は色濃く示されている…

2022.07.02 青年の余生について

2022.07.02 正直に言おう。私は今を、余生だと思っている。 これまで、散々に興味深いことを経験してきた。中学と高校で、この世において一般的な人間が体験するであろう、そして決して体験することはないであろう、多くの欣快と自罪と、失意とを味わった。…