まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

訓戒

2023.02.02(残332日) 約束事における責任論について

2023.02.02(残332日) 約束事は厳密に:生得的な神経質 具体例:集合場所はどっちやねん 私の責任か否か:それだけが問題だ 約束事は厳密に:生得的な神経質 私はたいそう、神経質である。約束事に関して、厳密に、一切不動のところまで決定されていなければ…

2023.01.30(残335日) 現状を考えることについて

2023.01.30(残335日) 考えるな、ただ走れ この数年で私は個々心に誓ったことがある。 このようなことをしていて、いったい何の意味があるのだろう。このようなことに時間を割いて、いったい効果はあるのだろうか。 そのような問いは基本的に時間の無駄である…

2023.01.27(残338日) 私の思想のスタンスについて

2023.01.27(残338日) 私の思想のスタンスについて スタンス①:無常は思想をも覆う スタンス②:人間とは合理性である 私の思想のスタンスについて 有り難いことに、このブログもコンスタントに閲覧されるようになってきた。何を目的とされているのかはいざ知…

2023.01.17(残348日) おっさんについて

2023.01.17(残348日) 「おっさん」とは何か 「おっさん」にならないために 「おっさん」とは何か この世において最も嫌悪されるものは何か。ゴキブリであろう。では、次いで嫌悪されるものは。 おっさんである。おっさんはこの社会において明らかに不要であ…

2023.01.13(残352日) 「若さ」について

2023.01.13(残352日) 「若さ」とは何か? 「若さ」の本質:経験不足 なぜ中年の「若さ」は嗤われるのか? 「若さ」から抜け出せない世代 「若さ」とは何か? 若気の至り、という言葉があるように、我々は人生の局面として「若いとき」と「若からぬとき」とい…

2023.01.04 幸福感を得る方法について

2023.01.04(残361日) 幸福を味わいたいのなら…… 現実は我々を不幸にする 幸福を味わいたいのなら…… この世において、幸福感をもたらすものとは何か? それは現実逃避である。多くの場合、現実は醜く、生きにくく、苦しい。現実を見ていたところで幸せな結…

2023.01.02 動物と人間と欲望と魂について

2023.01.02(残363日) 欲望は不足の子である……たぶん 私という宗教:動物と人間に差はない 人間の欲望もまた「不足」によってのみ生まれるのではないか? なぜ私は「存在意義」を得たのか? 欲望は不足の子である……たぶん 誰の言葉であったか——基本的に欲望と…

2023.01.01 「幸先」について

2023.01.01(残364日) あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 一年に起伏と流動感を持たせるため、このように冒頭に残日数を掲載する。昨年と同じ結末は迎えまい。 幸先とは迷信である 何かをしなければならないというのに、新年早…

2022.12.29 洋梨と用無しについて

2022.12.29 洋梨の品種について、皆さんはどの程度ご存じであろうか。私は恥ずかしながら、ラ・フランスしか知らない。そして多くの人もまた、そうであろう。 そのような人が突如として、洋梨について熱心に語り始めたとする。洋梨のことをすべて把握し、理…

2022.12.25 クリスマスにみる行事の意義について

2022.12.25 年末は突然やってきた 本日はクリスマスである。長きに渡り染み付いた習慣というのは恐ろしいもので、何か特別なことをするつもりもなかったのに、気づけばクリスマスソングを聴き、ケーキに類するものを購入し、毎年クリスマスにだけ行っている…

2022.12.24 人生を決するものについて

2022.12.24 今日はクリスマス・イヴである。私として特にそれについて述べることはない。少なくとも一年前まで、そのようなイヴェントには敬意を払っていたのだが、どうにもこの一年間で私は季節から隔離されてしまったらしい。気づけば師走、気づけばクリス…

2022.12.22 飽き性と継続について

2022.12.22 物事は毎日取り組むべきか? 飽き性たる私の「継続」への向き合い方 仕事に飽きは通用しない 物事は毎日取り組むべきか? 継続は力なり、という諺がある。要は継続して何かを続けていれば必ず実を結びますよ、ということらしい。 もちろんそうだ…

2022.12.20 自身に酔う者について

2022.12.20 「自身に酔う」とは何か? お笑いを語るな 我々は蛋白質である 「自身に酔う」とは何か? 私は自身に酔っている者が嫌いだ。 そもそも「自身に酔う」とは何か。自己陶酔であり、自身の言動にうっとりしてしまうことである。言い換えれば、自身の…

2022.12.15 大人がつまらなくなる理由について

2022.12.15 なぜつまらない大人が多いのか? 人間にはそれぞれ個性がある。少なくとも、生まれたときには個性を持っている。生まれながらにして個性の無い人間などごく僅かで、それぞれ他者にはない、かけがえのない しかし、人間は成人したころから、徐々に…

2022.12.12 執筆に対する新仮説について

2022.12.12 執筆に対する新仮説:我々は「無」に居なければならない どういうとき、創作のネタが思いつくのだろうか。 どういうとき、息の通った創作を実現することが出来るだろうか。 今まで色々な仮説を立ててきた。怒り。憎しみ。悲嘆。自己の大切にして…

2022.12.06 日本人における大本営精神とトレンディについて

2022.12.06 クロアチア 相手に無様に 負けたから 師走六日は 解放記念日 やっと茶番が終わった。サッカーの軛から我々は今日を以て解放された。政府は本日を解放記念日と定め、祝日としなければならない。ドイツに対する勝利の日では断じて無く。 セルフ大本…

2022.11.06 死と自由について

2022.11.06 死:救済であり陵辱 人生において、すべてを終了させる方法が一つだけある。どのような悪い状況も簡単に覆し、すべて無かったことにしてしまう、とっておきの方法がこの世には一つだけある。それは何か? 死である。死は良いことにも悪いことにも…

2022.11.04 外見の好みとしての獣人について

2022.11.04 私の悩み:人に恋しないこと 私には散々、悩んできたことがある。ある意味、思春期全体を通して、最も大きな受難であったかもしれない。 それは、人に殆ど恋しないこと、である。 冗談ではない。私には本当に、誰かに恋をする経験が無い。少なく…

2022.10.31 獣人でありたいというアノミーについて

2022.10.31 書けば書くほど、追えば追うほど、求めれば求めるほど、彼らは私から離れていく。彼らとの間に深い深い溝があることを、そしてどうやったって私は彼らのところへ行けないことを、私は知る。そして私の絶望もまた、途方もなく深く沈んでいく。 私…

2022.10.30 或る兎について

2022.10.30 或る兎の受難 或るところに、兎が居た。 その兎は温かい芝生の上で暮らしていた。食料たる草はそこらじゅうに生えていた。その兎は気の向くままに、草を食み、草に横たわり、そして草に香られながら、素朴に暮らしていた。その兎はそれ以上のこと…

2022.10.28 ブログ毎日更新一周年について

2022.10.28 ブログ毎日更新一周年! その実、今日はブログ毎日更新を決めてから、ちょうど一年経つ。厳密には、今回の記事が365日目の投稿である。 なお、これがちょうど一年前——365日前のブログである。 akashi2728.hatenablog.com 私は何が変わったのか? …

2022.10.25 創作と煎茶について

2022.10.25 創作は苦いものであるか? 以前も述べたが、私は創作について、積極的に関わっているような人間ではない。厳密に言えば、睡眠が私における最大の娯楽であり、その他のものはそれにすべて劣後するので、創作もまた同様に、人生における最優先事項…

2022.10.23 現実からの逃避としての作品について

2022.10.23 作品は人に何を与えるか? 絵でも小説でも漫画でも、何でも、作品に触れることは何を意味するか? 人は作品に触れることで、何を得るか? 様々なものが考えられようが、その一つには明らかに、現実からの逃避があると思う。 現実は多かれ少なかれ…

2022.10.13 人間の性質と顔について

2022.10.13 性質と顔の関連性 私は顔相に明るい者ではない。それを踏まえた上で、あくまで感触として、人間の性質は顔に現れると考えている。経験則であるので、統計学的に正しいとは言い難いのだが、どうにも聡明な者の持つ顔は似通っていて、愚鈍な者も同…

2022.10.10 服の支配について

2022.10.10 服は我々を支配するか? 服はなぜ着られているのか? 服の機能から考えれば、第一目的としては、体温調整なのであろう。何故か、そして最も恐ろしいことに、体毛を捨て去ってしまった人間が、気候に左右されず体温をある程度、少なくとも生存の確…

人間を正直にさせる「嬉し涙」について

2022.10.06 人間の感情は信頼されるか? 基本的に、人間は信頼すべきではない。それは人間が嘘を吐く生物であることに由来する。人間は言うまでもなく、自らを利するように行動する生物である。自らの利に反することは言わない。それは事実を歪曲されること…

2022.09.30 人生と妥協について

2022.09.30 本日は木に昇ってこの記事を書いているが、それもそれで良いものだ。矢張り慣れは良くない。私はそもそも大地に這っているのが好みだが、ずっと這っていては見えるものも見えてこないのである。つまり、脚立に腰掛けるのだ。 というより、慣れを…

2022.09.29 アザラシと陰謀論について

2022.09.29 アザラシと陰謀論の意外な関係性 アザラシほどハイエナに似た動物も居ない。むしろまったく別の生き物であるというほうが信じられない。特に眠っている顔、ぼんやりとしている顔、そして何かを食している顔。このような時、もはや何がアザラシで…

2022.09.25 「私とは誰か?」という問いについて

2022.09.25 私とは誰か? 私とは誰か? これについて、「私は〇〇です」と、識別記号を発する者と対話を持つことは出来ない。名前というのは単に「私はこのように識別される」という記号に過ぎず、私という存在を説明しているとは言い難い。無論、他の名前を…

2022.09.23 人間のエンジンたる憎悪について

2022.09.23 効率的な活動を実現するためには? 人を最も駆り立てるエネルギーは何か? 糖分であろうか。タンパク質であろうか。塩か、胡椒か、チョコレートか。あるいは涙。あるいは悲しみ。あるいは喜び。あるいは快楽。あるいは慈愛。あるいは恍惚。あるい…