まどどブログ

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2021.09.15 このルーティーンについて

2021.09.15

 

  • 朝の定義とは?

 朝と言いつつ、もう太陽は眠りにつこうと帰路を急いでいる。朝のルーティーンとしたはずなのに、定義通りの「朝」となっていない。

 これに関して、ある程度は仕方のない部分もある。私は基本的に、ロングスリーパーであり、最低でも八時間は睡眠を要する人種である。深夜一時に床に就いたとして、起床するのは九時。そして、朝の身支度を整え、洗濯など諸々の家事、そして多少なりにはあるメール、SNS のチェックを考えれば、実際にパソコンに向き合えるのは十一時であろう。これはもう昼である。

 故に、語義通りの「朝のルーティーン」とするのは、いささか難しい部分もある。

 

  • 3日間24時間睡眠仮説

 しかもこれは、八時間睡眠を毎日のように行える場合の話である。私にはもちろんプライベートがあるので、どうしても早起きしなければならない場合もある。そういうとき、どうしても翌日、八時間以上の睡眠をとることになる。

 この中で私は、『3日間24時間睡眠仮説』というものを提唱している。これは、3日間での合計睡眠時間を24時間となるように無意識下で調整しているのではないか、というものである。例えば、一日目が6時間、二日目が9時間のとき、三日目は自動的に9時間睡眠となる。また、一日目が6時間、二日目が5時間であれば、三日目は13時間となる。このようなものである。

 そして、これの面白いところは、三日間の合計が24時間を下回る場合である。例えば、合宿か何かで、一日目、二日目、三日目が6時間ずつになったとしよう。この場合、どうなるか。結論から言えば、足りない6時間が睡眠負債として後ろに残る。私の身体はその負債を返済しようと、移動中に気絶する(私の中で「眠ろう」という意志がないにも関わらず強烈な眠気に屈して寝てしまう現象を、私は「気絶」と捉えている)、四日目に18時間眠るなど、極端な睡眠を求める。また、睡眠負債を抱えると、思考力の低下、情緒の著しい乱れなど、私の心身には強力な異常を来す。これが、『3日間24時間睡眠仮説』である。

 無論、合計睡眠時間など、細かい部分に違いはあるかもしれないが、大きな部分で私はこの仮説に関する反証を現時点では発見できていない。故に、これはある程度信頼性のあるものではないか、と考えられる。

 

 話を戻そう。私は短時間の睡眠が続くと、ある日、狂ったように眠る。基本的に起きること自体は遅くて12時で済むのだが、そういう日、基本的に昼食を取ったあと、ずっと寝ている。こうなると、朝の概念は崩壊する。

 故に、私は午前中、ともすれば日中でもない時間帯に、このルーティーンに取り組む可能性がある。

 

  • そうは言っても

 だが、夕刻に「朝」というのは、あまりに苦しい。それは既に朝ではない。しかも、今日は十一時に起きた後、心身ともに比較的元気な状態を保っていた。では、なぜこの時間になってしまったのか。

 この原因はハッキリしている。私が起床後、ダラダラとインターネット、特にYouTubeに囚われていたからである。

 YouTubeは麻薬である。動画というのは際限がないし、何より、微弱な快楽がある。しかも、視界は制限され、外の世界がどのようになっているのかなど、気に留めることすらできない。ひたすらオススメされる動画を見ているうち、気づけば落日を迎えていた、なんてことも多々ある。今日の私は、この麻薬を存分に吸い尽くしてしまった、というわけだ。

 

  • 結局どうするの

 では、どうすれば。

 前提として、このルーティーンは必要である。このルーティーンを済ませない限り、私の創作意欲は起こらない。人間は動物であるので、手を動かしさえすれば、意志も自然に湧出する。しかし、逆は難しい。少なくとも、凡庸な私には不可能である。さらに、私は気分屋で、基本的に継続性がない。作家とは、継続性そのものである。この私が継続性を確立させるには、こういう決まった手続きでも設けなければならない。

 幸い、私はやればやる。一度パソコンに向かえば、基本的にはそこから離れることがない。つまり、このルーティーンに向き合うのが肝要なのだ。そう考えれば、極めて簡単である。ルーティーンの開始時間を決めて仕舞えば良い。

 こうしよう。起床後二時間が、ルーティーンの開始時刻である。『3日間24時間睡眠仮説』により、毎日の起床時刻が不規則な私にとっては、絶対的な時間よりも、相対的なそれの方が好ましい。故に、このような形とする。

 今日はもう時間が過ぎてしまったので、これは明日から適用とする。ただし、アルバイトや講義など、朝にパソコンに向き合う時間のない日は、この限りではない。その場合、数百文字でも構わないから、暇を見つけて綴っていくことにしよう。

 

  • 昨日の宿題について

 ところで、昨日の宿題について一定の解を得たので、記しておく。確か、「魂を持って作品を綴るにはどうすれば良いか」というような内容であったか。

 十分な睡眠と十分な栄養を取ること、と回答しておく。繰り返しているように、人間とは動物であり、意志は身体に追随する。3日間で24時間の睡眠を取り、三食通して十分な栄養素、特に糖分とタンパク質、を摂取する。これがすべての基本であり、良質なアウトプットの礎である、と私は現時点で思う。

 無論、原動力はストレスである。だが、移動をしたいとなったときに、ガソリン単体が存在しても、自動車というハードウェアがなければ、どうであろうか。目的は果たせるであろうか(なお、ここで他の交通手段を論じるのは、あまりにナンセンスである)。

 これと同じである。ストレスがなければアイディアは思いつかないのかもしれない。そして、創作の根底にはストレスが存在する。しかし、それを充実させ、文字として成就させるのは、身体であり、脳である。ストレスだけでは、脳の機能に対する栄養とは成り得ない。脳だけが良く回転するとしても、身体全体に力の入らなければ、そもそもパソコンに向き合うことすら叶わない。身体全体としての調和が重要なのであり、それを支える栄養は、どこまで言っても、葡萄糖、タンパク質などのものなのである。

 というわけで、十分な睡眠と十分な栄養。これを私は、当面の間、愛してゆくこととする。これで問題が起こって仕舞ったときには、そのときでまた考えるとしよう。

 

 エナドリが美味い。