まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2021.09.16 作品の尊重について

2021.09.16

 

 今日は起床三時間後になってしまった。明日から気をつけよう。

 

  • 作者は作品よりも偉いか

 前提として、ここでの「作品」は「作者の思想や価値観などを全面に押し出していないもの」と定義する。例えば、小説や楽曲などが該当する。政策本やビジネス本など、作者そのものと言っても差し支えのないものに関しては、ここでの論点ではない。

 

 作者が何か問題を起こしたがために、その人の作品が酷評されたり、打ち切りになったりする、という事態がよくある。私の好む作品であろうと、好まざるそれであろうと関係なく、世間は作者ともども作品を葬る。

 私はこの傾向に対して、ある疑問、というか、疑念を抱いた。作者とは、それほど偉いのであろうか。作品を道連れに出来るほど、作品を完全な付属物として扱えるほど、強力というか、主体的な存在なのであろうか。

 当然、ここで私は反語のつもりでこの表現を用いている。そんなはずはない。作品はそれ単体で成立している。例えば小説や漫画であれば、登場人物は彼らの魂で動いているし、その世界はその蠢きによって形成されている。仮に作者のほうに何か瑕疵があろうと、作品にそれを求めるのは筋違いである。

 むしろ、それは作品の世界に対する冒涜ですらある。例えば作者がセクハラをしたからと言って、その作品に対しても「セクハラを経て書かれた作品」などというレッテルを貼るのは、独立した世界に対する現実の侵略であり、極めて無礼である。

 しかし現実として、作者は作品よりも上位の位置にある。明らかな従属関係にあり、パラレルではない。では、なぜこのような状況が生まれているのであろうか。

 

  • なぜ世間は作者と作品を分離できないのか

 簡単な話であろう。世間の大半は、現実が大好き、ないし空気のように当然のものと捉えているからである。

 当然の話であるが、現実に生きる人間にとって、作品はその領域内での存在物となる。当然、別の世界として尊重することは絶対にない。彼らにとって、別に作品がなくとも、生きてゆく上で何の支障もない。ただ人生を華やかにするためのツールであって、作者はツールの開発者である。当然、作品は現実の枠組みにいるのだから、作者の不祥事という現実の出来事は作品にも波及していて、作者と作品をともに落とすことが愛する現実の調和を守る行為となる。おおよそ、フィクションに対する表現規制もこのような発想から来ているのであろう。現実を崇める者にとって、これらの思想は極めて合理的なのである。

 

  • では、作者と作品とがパラレルと考えるのは何故か

 だが、現実だけに生きられない人間にとっては、そうではない。現実では飽き足らない人間、あるいは現実に居場所のない人間。彼らは、作品の世界に、文字通り住まう。一個人として。超越者として。傍観者として。関わり方は人それぞれであろうが、何らかの形で、世界に入り込む。そのような者にとって、作品とは現実と併存する世界そのものである。作者など、そこには存在しない。ただ「その作品を創り終えたひと」という地位にいるだけで、作品の世界に干渉することなど出来はしないからである。作者とは実際、作品に対して神よりもずっと弱い立ち位置にいる。

 故に、現実の作者の影響が作品に波及すること、その理由がわからない。無論、世間の風潮としてそういう流れがあるのは理解している。しかし、根源に理解を示すことはない。何故なら、作者と作品とはもはや無関係だから。

 少なくとも、私はこう考えている。

 

  • 作品を尊重せよ

 無論、世間一般の人間にとって作者と作品とは殆ど同一のものなのであろう。どちらも潰しにかかる、そういう思考になるのも、理解はできる。だが、私はこうも思う。

 作者を貶めるのは、当然である。作者は我々と同様、肉に過ぎない。どこまでも我々と同じ線にいる。故に、一般的な人間と同様に考えれば良い。例えば犯罪ならば被害者がいるし、倫理的な問題であれば社会に不利益を被る。この意味で、作者を徹底的に糾弾し、社会としての秩序を保つのは、むしろ義務とも言えるだろう。

 しかし、作品はどうであろうか。作品は作者と無関係ではないか。何故、無関係の事象に巻き込むことが、正当化されて良いのであろうか。作品を殺すことは、その世界をも殺すことになる。旋律や登場人物の生は絶たれる。しかも、誰も予想していなかった「上位存在」の所業によって。あまりに理不尽ではないであろうか。少なくとも、我々が同様の仕打ちを受けたら、納得できる者など一人もいないであろう。

 何度でも言うが、作品はそれ単体で存在する。楽曲であろうと、小説であろうと、漫画であろうと、そこに作者の入り込む余地などない。

 であれば、その独立して生きる作品を、我々は尊重すべきである。人間にとって正しい行動を、我々は示すべきではないだろうか。

 

 無論、このような発想への理解が得られるとは、毛頭思っていない。世人は、現実を愛している。

 

……明らかに、昨日に比べて筆の調子が悪い。睡眠過多は毒であるらしい。