まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2021.09.25 ある日の動画について

2021.9.25

 

  • 無題

 一年ほど前であっただろうか。半年ほど前であっただろうか。もはや、覚えていない。

 なんということはない。ただネットサーフィンをしていて、たまたま出会った。題名を忘れてしまったが、間違いなく残酷なそれであることは一瞥してわかった。そこで戻ることもできた。私は元来、血であったり、肉であったり、そういった類のものが苦手である。虫すらも殺せないような私が、果たして人のそれなど、耐えられようか。しかも、人が人でなくなっていく様など、なおさら。

 しかし当時の私は、かなり精神的に参っていた。自分の生に対してすら、自問自答する日々。死の光景を、私は求めていた。私は躊躇の後、その動画を開いた。

 

 どの国だろうか。肌の色から察するに、およそアフリカだと思うが、言葉からも、風景からも判断出来ない。服装は半袖が目立つので、もしかしたら夏かもしれない。しかし、国によって気候も異なるので、何とも言えない。

 道路上に、夥しい数の群衆。何かを囲っている。目隠しと身固めをされている青年。確か空も映っていたと思う。地を神から覆い隠すような曇天であったような気もするが、覚えていない。表情は、抑えられている。その上に、明らかに高揚した男性。手には、刃物。馬乗りになって青年の頭を上に持ち上げ、刃物を首にあてがっている。よく聴けば、周囲の群衆もどこか浮ついた声をしている。

 すぐに男性が、刃物を首に押し当て、左右に力強く揺らす。刹那、首からは青年の魂が、黒々と巡る血が、身体を飛び出し、道路上に勢いよく吹き出す。群衆は興奮のあまり、雄叫びを上げ、何かを叫び、その光景を称えている。なおも刃物は動く。血とは案外水のようで、滑らかに道路を這い、みるみるうちに地上を覆う。だが、首というものは案外切れないもので、群衆はやがて騒ぎを失い、束の間の静寂に移ろう。私は耐え切れなくなって、それでも答えを得ようと、動画の最後にスキップする。

 刃物は後頭部までたどり着き、首は男性の力に頼りなく揺れる。皮が最後の抵抗を見せているものの、もはやその抵抗に価値はない。群衆はそこに来て、また野太く響く。彼らは叫ぶ。首が飛ぶ。飛んだ。男性が高く飛ばす。表情は失われている。地上に彼らの歓喜が舞う。遠い異国、日本まで、彼らの礼賛の雷は届く。そして、遺骸を囲う、鈍く煌めく紅の魂も。

 

 その青年が何を犯したのか。その国ではどんな風習があるのか。無論、それを私は知らない。青年が殺人を犯したのかもしれない。斬首はその地に根付いた文化なのかもしれない。私にはわからないし、これを判断する道理もない。私は知らないのだから。これ自体について批判をするのは、十字軍の所業である。少なくとも日本の周辺では起こっていないし、忌避されている。であれば、私には関係ない。

 ただ。その日以来、私は自らの生に責めを求めなくなった。生から死への移動。それは数秒のうちに起こった。生とは簡単に失われる。死とはいつでも私を奪う。それを悟ったのであった。

 そして、人間が種として憎むべき存在ということも。以前から触れていた感覚の言語化に、私は漸く成功したのである。

 

 最後に。青年に対する、軽率に死を垣間見たことへの詫びと、弔い。私はせめて、この言葉を遺したい。

 無論、安全圏からの言葉など、紙ほどの価値もないけれど。

 

 どうしても、あの動画について思い出すと、吐き気に襲われてしまう。私は作家に向いていないのだろうか。