まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2021.10.30(2) 新しい掟に関する補足について

2021.10.30

 

 家に帰ったところ、小説が一向に進まなくなった。まずい、集中力が地に落ちている。これでは家において何の作業もできないではないか。

 私という人間はどうしようもないのか、まったく。

 ただぼんやりとしているのももったいないし、相変わらず妄想の途切れることはないので、今日は二本目のブログを書いていきたいと思う。

 と言っても、今日の反省会である。

 

 中学生のようなことを言うが、ついついスマホを見てしまう。その結果、スクリーンタイム(私はMacBookユーザーである)から、実は創作に三時間も費やしていないことがわかってしまった。それで集中力が途切れてしまうとは、一体どれほど私は軟弱なのか。

 とりあえず、作業中はスマホ機内モードにしたい。

 

  • 決まった時間に家を出て、決まった時間に帰る

 図書館で作業していると、パソコンのバッテリー切れなどがある。今日も切れてしまった。こういうとき、私はさっさと帰りたくなってしまう。ダメだ。家では、ほんとうに何もしない。

 こういうときも早く帰らずに、決まった時間までは図書館に籠もる。エンヤ、というアーティストをご存知であろうか。彼女は何もせずとも、毎日規則正しくスタジオに行くと謂う。家にいるより、そのほうがずっと良い。作業する、という習慣付けが、何よりも肝要なのだ。

 そのために、本は必ず持っていく。本さえあれば、軽く一日潰せる。ノートもあれば、アイディアを記せる。本、ノート、パソコン。これが三種の神器

 

  • とりあえず来週は様子見、できれば毎日行きたい

 序盤で頑張りすぎると、私のようなクズはすぐに失速する。クズの特技は、三日坊主である。序盤は少しゆっくりめのスタートが良い。

 とりあえず、来週は隔日で大学に通う。すべて規則正しい通学が実現したならば——私の場合、一週間経っても継続するものは大抵習慣化されていく——今度は平日、毎日の通学へと切り替えていく。無論、バイトや旅行などのイヴェントは考えられるし、それでも毎日、というわけではない。これについては個人的にルールを定めたので、それに従う。少なくとも、途中から意味のわからない例外を設けて休む、なんてことはしない。

 実際、家だと何もしないので、隔日だと作業の進み具合に不安が残る。できれば週二日の休みにして、それ以外は毎日行きたい。日曜日は別として、もう一日いつ休むか、については、検討が必要である。

 自ら望んで労働の先取りのようなことをしているなんて、我ながら滑稽だ。しかし、これは完全なる自己利益の追求、代替不可能性への投資なので、問題外である。労働のような、魂と賃金との交換、代替可能性の権化とは、価値が違う。後者は、無価値である。

 

  • 飽きたときは気分転換

 今日は初日であったし、一日中図書館にいる体験も初めてであったので、なんとかなったところはある。しかし、私はクズなので、すぐ飽きる。飽きたら、行かなくなる。今回もそういう予感がする。

 そういうときは、気分転換をする。例えばカフェに行く。一日乗車券であらゆるところに赴く。その道中で、ひたすら本を読む。友人宅に押しかける。そうして、とにかく場所を動かす。そうすることで、日常が切り替わる。私にとって、日常とは退屈の眷属である。図書館通いを日常から切り離す。そのことで、図書館通いが退屈から解放される。

 

  • クズであることを忘れるな

 私はクズである。恐らく家にいたら一生を布団の上で過ごしても良い、そういう怠惰な人間である。

 それを自覚した上で、すべての計画を立てなければならない。度胸や根性でどうにかなるものでもないし、それでどうにかするよりは、クズなことを組み入れた方が合理的である。クズなことを忘れてはならない。人間の本質はそう変わらない。クズはクズなりに生きていくしかない。

 当然、私はクズなので、昨日今日にて定めた掟に対する言い訳を見出し、逃げるだろう。そのときは、またそのときで対処するしかない。情熱の私と怠惰の私は別の個体である、と考えたほうがよかろう。怠惰の私が逃げ、情熱の私が縛り上げる。そうした対立を、初めから認識しておく。そうすれば、ある程度は合理的な判断もできるのではなかろうか。