まどどブログ

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2021.12.01(残121日) 人生で最も尊重すべきものについて

2021.12.01

あと121日

 

 もう師走とは。何とも一年とは早いものだ。徒然草も成程、と思わせる流れである。

 

  • 人生で最も尊重すべきもの:金

 昨日の続きである。人生で最も尊重すべきもの、それは金。何故か。金は即ち、自立した生を確保するのに確実に必要なものであるから。

 前述したように、生きる上で金は避けて通れない。それはつまり、金に困るということは、生きることにすら困るということに繋がる。そして、それは他者への依存度を高めることに繋がる。

 例えば、旧来の家庭を考えてほしい。妻が専業主婦として家庭を担い、夫が大黒柱として家計を支える。妻には生きていけるほどの収入がない。そして、夫は妻を虐げる。肉体的でも、精神的でも、何でも良い。とにかく傷付ける。さて、この場合、妻は即座にその理不尽から逃れることが出来るであろうか。不可能であろう。夫が金を握っているから。つまり、生存権を握られている。無論、このような場合であれば法的な保護が作用するであろうが、それでも、逃げて直ぐ即金の手に入るわけでもない。ある程度は自身で生計を維持する必要すらある。さらに、離婚のためには弁護士なども雇うべきである。それにも金は要る。さて、これらが不可能であったら?

 もっとわかりやすい例を出そう。子と親。子には自身で金を稼ぐ手段がない。親が「お前の飯を今後は出さない」と言ったら、それで終わり。子は夫婦の関係性以上に、親、即ち金銭提供者の意向に確実に従わなければならない。こういう場合でも法的保護は存在する。それでも、子にとって世界とは家庭である。そもそも、自己に資金が無いのだから、何か訴えを起こすことも不可能であるし、シェルターに逃げ込むための交通費すら無い可能性まで考えられる。さて、第三者の監視が機能しなかったら?

 

 畢竟、金とは生存権である。金を握られることは生殺与奪の権を握られること。自立した生を失うことである。軛に囚われた人間ほど愚かしいものはない。人間とは個々に独立した理性を持つ。その理性が他者に陵辱される。姦通される。それでは、人間に生まれた意味など何一つ存在しない。人間として生きるのであれば、自立しなければならない。そのために、金は最も尊重すべきものである。

 言うまでもなく、金だけを見て生きるべきである、という主張とこれは符合しない。私はそれほど過激な人間ではない。友情。愛。夢。それを見るのも、良いであろう。それもまた人生を彩る副菜である。しかし、すべてを優越するものとして金を据えるべきだと考える。金は自立した生、人間としての生に直結する。金が無ければ、家畜に堕ちる。人生を歩むのであれば、金は確実に尊重されるべきである。

 

  • 金と色とのバランス

 つまり、バランスなのだ。金だけを求めれば、貧相な人生となる。しかし、金を見ずして歩めば、人生は立ち消え。金を保持すべき部分では保持して、支出すべき部分では支出する。そうして、人生を失わず、色に溢れたものとする。これが何よりも肝要であろう。