まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2021.12.11(残111日) 写真について

2021.12.11

あと111日

 

 今日はあまり眠くない。昨晩コーヒーをかっこんだためであろうか、朝であるというのに、とても元気である。

 カフェインはすべてを解決するのであった。寿命と引き換えに。

 

  • 写真:表層の切り取り

 私は写真を撮らない。厳密に言えば、写真を一枚も撮らないわけではない。しかし、現代の若者としては、写真を撮らない部類に入るであろう。

 なぜ写真を撮らないのか。写真とは、そこに居る世界のうち、ただ視界の部分を切り取ってデータとして整頓しているに過ぎないためである。写真が世界そのものを閉じ込めていると考えてはならない。

 例えば、ある神社を写真に収めたとしよう。由緒正しき神社、伊勢神宮橿原神宮出雲大社でも、あるいは近所のお宮さんでも、何でも良い。近所のお宮さんは写真に撮らないであろうか。ここでは仮に出雲大社にしよう。出雲大社に参ったことのある方であれば、わかるであろう。あの場所は荘厳そのものである。神さびた。ちはやぶる。このことを言うのだ。痛感する。しかし、写真で撮って仕舞えば、その様相というのは削ぎ落とされる。ただ、古めかしい建物がいくつか並んでいるだけ。それに尽きてしまう。あの、神の息吹は、奪われてしまうのだ。

 そして、私は、その情報が失われるというプロセスが、どうにも怖い。自らの記録だけでなく、記憶からすらも失われるような気がしてならない。我々というのは多かれ少なかれ、写真を撮って満足してしまうきらいがある。そのようになって、その場所場所の神を忘れてしまうのが怖いのだ。

 故に私は、写真を撮らない。

 

 眠くなくとも、このように文章力の致命的な低下はあるらしい。飽きてしまったのかもしれない、執筆に。