まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2021.12.21(残101日) 昼寝の毒性について

2021.12.21

あと101日

 

 良くない。これに着手する時間帯が、ここ一週間程度、明らかに遅くなっている。もはや日も沈み、街は夜へと急いでいる。それで、朝のルーティンとは。お笑い草である。

 気を引き締めなければ。もはや猶予もない。私に残された日々は、徐々に数を減らしている。

 

  • 昼寝という毒

 今日はとりわけプライベートな事柄について述べる。昼寝である。

 日中に眠りの世界に入り込む。太陽の日差しに温められて、また眠気を受け入れる恍惚がぼんやりと浮かんできて、優しい抱擁の中に目を閉じる。それを我々は昼寝と呼ぶ。そして、昼寝とは、何故かポジティヴな意味によって語られることが多い。幼い頃は昼寝が推奨されたからであろうか、それともそれに対する憧憬の故であろうか、何故かは判然としないものの、とにかく昼寝は大人たちの柔らかな崇高を集めている。

 しかし、私は昼寝を好まない。できれば、昼寝など絶対にしたくない。何故か。昼寝は脳を眠らせるためである。昼寝に感けた日の私は、使い物にならない。ただでさえ劣っている私である。もはや路傍の石と区別も付かないであろう。昼寝によって、私は——眠気を感じようと感じなかろうと——眠れる者に移行する。いくら目が冴えていようとも、脳は夜を保つ。常に私を覆う霧が、さらに濃くなっていく。そんな気さえする。

 では、脳が眠っているのだから、夜は熟睡できるのか。そうではない。脳が死んでいようとも、身体は昼寝によって疲れを癒やしている。故に、眠りは訪れない。あるいは、質が悪くなる。そして十分な睡眠を取れぬまま、次の日を迎える。そして眠い。昼寝をする。起きる。使い物にならない。眠れない。十分な睡眠を取れない。次の日。この繰り返し。

 つまり、昼寝は私にとって、日々を無駄にする序章なのである。故に私は昼寝を遠ざける。可能であれば、昼寝などしたくはないのだ。

 

 それでも寝てしまう。私とは何と未熟なことか。