まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2022.01.17(残74日) 写真を撮らない理由について

2022.01.17

あと74日

 

 依然として体調が悪い。男らしく生きる。男らしさとは何だったか。どのようにすれば男らしいのか。忘れてしまった。さっさとやるべきことを済ませてしまいたい。

 

  • 私は写真を撮らない

 私はあらゆるところに出向く。それを趣味とする。往路と復路ではつい異なるルートを採ってしまうし、未知の場所では必ずと言っていいほど散歩してしまうし、旅行なんかも昔は頻繁に行っていた。そして、そのたびに写真を撮らない。見返してみれば、一枚か二枚、意図のつかめないものが残っているに過ぎないのだ。何をしていたのか、どのような景色が広がっていたのか、それはもはや脳に蓄積する他にない。

 では、なぜ私は写真を撮らないのか。それは、撮影という行為そのものに意識を集中させてしまうから。

 

  • 視覚情報への制限

 一眼レフであろうとも、スマートフォンであろうとも、どちらでも構わない。写真とは、ファインダーを覗いて、その景色を切り取ることである。玄人であればいざ知らず、私のような素人であれば、そのファインダー、ないし画面に表示されている情報のみ、受け取ることになる。それから外れてしまったものに関して、気づくことが出来ない。今日は雲が速い、とか、あの子供は一体何に怯えているのであろう、とか、どうしてこんなに暖かいのであろうか、とか、そういうことにまで気が回らなくなる。ただ視覚情報だけが残ってしまう。それでは惜しい。

 旅行とは、五感を磨く手段であると考える。旅を通じて、あらゆることに触れ、見聞きし、草の根を嗅いで、舌鼓を打つ。それが旅行である。視覚に集中するのはあまりに惜しい。出来ることならば、旅の最中は五感をオープンにしていたい。

 旅行だけではない。我々は五感で世界を認識する。新たなものを学習するには、単に視覚のみ用いるのであれば不足が見られる。五感で吸収しなければならない。故に、写真を滅多に撮らない。

 

 あれ、これ前も書いたような。まあ良いか。

 それにしても、どうしてだろう、集中力があまりに落ちている。腐った文章が展開されている。困ったものだ。