まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2022.02.18(残42日) 躁鬱について

2022.02.18

あと42日

 

 今日は時間もないので簡潔に。

 

  • わたしと躁鬱

 私は明確に躁鬱である。気分の浮き立つ日と沈む日の差というのはあまりに大きい。前者であればまるで天にも登らん軽やかさであるのに、後者であれば文字通り何も出来ない。ただ布団に籠もってしくしく泣いているだけだ。恐らく、このブログの文字数もそれに比して増減しているのではなかろうか。

 なるべく早い段階で精神科に通わねばと思いつつ、あまりに予約の取りにくく、それを迷っているうちに鬱になって動けなくなって考えることを止めてしまう。故に精神科にも行けていない。なお、多くは鬱状態に通院を考えるらしいが、私はそうではない。不思議である。鬱になったら家から出ようなどという気概も失せるではないか。

 そもそも考えてみれば、昔からこのようなものだった気がする。昔から、突如としてどうしようもなく楽しくなってしまって身体の躍動を抑えられないことがあった。それで飛び跳ねて、その手が当たって友人のスマホを落下させたことすらあった。懐かしい思い出である。一方、何もやる気の起きないときは何もしなかった。これももしかしたら、躁鬱だったのかもしれない。

 今では、流石に突然飛び跳ねる、といった奇行に走ることは殆どないけれど、それでもそれに類似した精神状態に飲み込まれているときはある。

 

  • 躁鬱の自己流対処法

 精神科に通っていない以上、その対処は自己流のものとなる。ここではそれを紹介したい。

 持論だが、躁鬱というのは躁状態が激しければ激しいほど鬱状態もまた深刻になると考えている。イカロスのようだ。天高く昇った分、堕ちるのもまた高い。一方で、鬱状態の深刻さは躁状態にあまり関連しない。

 であれば、躁状態をなるべく抑制するのが良い。主に躁状態が重く現れるのは、起床後と就寝前である。まず、起床後に関しては有効な手段を考えている。深呼吸である。深呼吸によって、心は重力をある程度思い出すように感じる。その結果、躁でも鬱でもない、恐らく平常——私にはこれが平常なのか判別できない——に着陸するのだ。

 就寝前。就寝前については、まだ有効な手段を構築しきれていない。暗闇なので、妄想にふけって仕舞えば戻るのが困難なのだ。ぱっと今思いついたのは二つで、一つは眠くなるような動画を眺める。本やラジオだと脳を少なからず刺激するようで、余計躁状態に作用してしまうらしい。動画は脳機能が一切ストップするので、もしかしたら効果が見込めるかも。そしてもう一つは、妄想に走ったら起きてすべて書き出す。深刻な躁状態というのは、脳が暴走状態にあるようなものである。冷却の必要がある。そのために、書き出す。その実、創作のネタなんかも妄想には含まれているのだ。その「躁作」をすべて繰り出す。そうすれば、いくぶんオーバーヒートも収まるのではないか。

 あとは音楽か。躁のときには静かな曲を、鬱のときには楽しい曲を、聴くように心がける。そうして曲線をなるべく直線に矯正するよう心がける。


 とりあえず、就職したら一刻も早く精神科に行こう。