まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2022.02.19(残41日) 簡略的なこれまでについて

2022.02.19

あと41日

 

 せっかく十時半に起床したというのに、気づけばもうこんな時間である。許せない。ディープステートの仕業か?

 そういえば、任天堂DSについて「任天堂はディープステートの構成者だからDSの意味もディープステート」と大真面目に語っているアカウントを発見したことがある。恐らく、コロンブスの「発見」も、このことほど歓喜と感嘆に包まれたものではない。人間の叡智とは、いや、畏れ多いものである。

 

  • ふりかえり

 やはり長時間の睡眠は思考をヴェールに包んでしまうらしい。言葉もテーマも思いつかない。何より身体も重い。心はキビキビしているのに、アウトプットという回路との接続は断たれているのだ。なので、今日も雑記を記そう。

 繰り返すようで恐縮だが、終わりが近い。生の終わり。死の到来。私にとって労働とはそれほどに重苦しい事実である。単に一日八時間程度の仮死状態であれば良いのだが、精神状態からして、語義通りの死を迎える可能性とて考慮しなければならない。

 やはり悔しい。これまでの人生、詰まるところ、何も出来ていないのだ。小学生まではそもそも何かを成すということについて考えたこともなかったし、中高時代は、そうだな。中高時代はとても幸いな人生を送っていた。本当に楽しかった。あらゆる活動に精力的に参加したし、その中であらゆる技能を磨いていった。恐らく、これまでの、そしてこれからの生涯において、あれが最もにぎやかで、最も輝いていた時代であった。

 が、それはその世界でだけ通用する輝きであった。結局、高校というのは外界と隔絶された異質な世界で、大学生になって、少しずつ社会に希釈されていく中で、美しい私のダイヤモンドは儚く融解した。馴れ合いと酒に覆われた視界に、私は自己を押し殺した。ぼんやりとした抵抗感を押し殺して、大学生らしく遊び呆けた。ただ、何を感じることも、何を極めることもなく、遊び呆けたのである。

 そしてコロナに至る。自己は復権をみた。そして、社会的にパッキングされた私は、ほんとうの私、真に求められる私との対話を図った。躁鬱も伴って、最終的に、二年近く要してしまった。恋も愛も知ったけれど、これもまた灰燼と散ってしまった。

 何も出来ていない。メダルを勝ち取る者。芥川賞を受ける者。優れたイラストを放ち続ける者。同年代にはそのような、何かを既に成している者が多く居るというのに、私は何も出来ていない。私はこの世に何も爪痕を遺していない。そしてそのまま、労働という死に突入する。生きるために魂を捧げるのだ。ゾンビと何が違うというのか。

 悔しい。そして恐ろしい。だからせめて、あと四十余日、なるべく何かを遺して死のう。悔いて死ぬのは怖いから。

 

 いつか復活できるのであれば、それに越したことはないのだが。私はイエス・キリストを継ぐ者すら希望する。