まどどブログ

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2022.04.15 一週間の総活動時間と睡眠時間について

2022.04.15

 

 備忘録。カントの言う「物自体」と「認識」は、恐らく言葉遊びへのマジレスと同義ではない。今調べたばかりだが。

 

 矢張り睡眠だ。私の何もかもを決定するのは睡眠だったのだ。

 早起きなど、私にとって何の意味もない。厳密に言えば、早起きという短時間睡眠は、ある程度一日の時間を伸ばすという点で有意義ではあるものの、必ず昼眠くなるし、これを繰り返せばある日突然電源の切れてしまって何も出来なくなるときが来るので、恐らく一週間の総活動時間は大差ないはずだ。

 では、私の総活動時間は一体どの程度のものか。恐らく、高パフォーマンスを発揮するためには最低でも十時間眠らなければならない。残された時間は一日十四時間で、そのうち食事排泄家事入浴の影響力を加味すれば、最大でも十時間程度であろうか。つまり、一週間では七十時間、私は動けるわけだ。

 裏を返せば、私はこれ以上満足に動けない。例えば一日五時間睡眠にすれば、恐らく三日間くらいは十五時間ほど十分に活動できる。これで四十五時間である。しかし四日目あたりで疲れ果て、たぶん十時間程度の稼働となる。そして五日目は爆睡して、頭痛と倦怠感の中で一日を過ごすのでゼロ。六日目で多少回復して五時間。七日目で十時間。計七十時間。なんと。恐らくこのくらいだろう、という時間を適当に割り振ったら、意図せずまったく同じ時間となってしまった。たぶん、これが私の限度なのだ。

 そして、望ましいのは、毎日同程度に良いパフォーマンスを維持することだ。仮に小説を書くとして、ムラがあってはならない。毎日堅実に、良いものを書き続ける。それが作品のリズムを乱さないという意味で重要なことなのだと思う。

 つまり私が本来採るべきは、一日十時間睡眠である。短時間睡眠はあまりに幅が広いし、日によってクオリティの差も激しい。それがモチヴェーションの低下に繋がる恐れすらある。このことを考えれば、毎日しっかり寝て、しっかり取り組むのが最適なのだ。

 

 ところで労働を赦してはならない。労働は私の睡眠時間を削るために存在している。善いものを書く私が妬ましいのだ。