まどどブログ

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2022.04.30 労働について⑭ / 悪夢について

2022.04.30

 

 私はきっと、夢を見ていたんだと思う。

 そう、夢だ。悪夢。すべて、儚く崩れ去る悪夢。

 四月の出来事は、夢の中の出来事だったのだ。涙に暮れた日々も、労働に息を腐らせた日々も、侘しさに沈んだ日々も。何もかも、すべて。夢だった。夢だった。私は、働いてなど居なかった。どこにも行っては居なかった。

 そうじゃないか。だって、何も覚えていないのだ。四月のこと。何も覚えていない。曖昧な、夢心地に浮かぶ滲んだ記憶が、ただほんの少し、私の中に吹いているだけで。何に使役させられたか。どのような家に住んでいるか。どのようなものを買ったのか。何一つ、覚えていない。具体的なことなど、何一つとして浮かび上がってこない。

 誰と話したか。何を食べたか。何を学んだか。何をしたか。休日はどうしたか。なんにも覚えていない。なんにも。一つも。夢から醒めたような、ゆるやかな脈絡が、少し残っているだけ。ぼんやりとした断片が、頭の中に映像として残っているだけ。すぐに忘れてしまいそうな、泡のような景色が。

 

 それに。もし四月の出来事が現実ならば。こんなすんなり、地元を受け入れられようか。違和感を、むずがゆさを、感傷すら抱くこと無く、昨日まで住んでいたかのように、ごくありきたりの帰宅を実現できようか。

 帰省した。一ヶ月ぶりの帰宅であるはずだ。本来ならば。普通であれば、懐かしさに暮れるだろう。変化に驚くかもしれない。あるいは、変わらぬ光景に安堵するかも。

 そんなものはない。ただの帰宅でしか無かった。ただの見慣れた風景が、目の前に広がっているのみ。たったそれだけ。それ以上に思うことなど無い。なにもない。いつも通りの道を歩いて、いつも通りの景色を見て、いつも通りの部屋に入る。いつも通り。何もかも。何故か、スーツケースを添えて。なぜだろう。

 そうだ。きっと夢だった。春眠はなんとやら。きっと、旅行帰りだ。私は旅行から帰ってきていた。きっと疲れていたんだろう。汽車の中で眠ってしまった。それで、悪夢を見ていたのだ。やけにリアルで、やけに悲しくて、やけに残酷な夢を。異国——古い「国」である——の地で、涙に明け暮れる、苦しい夢を。魂を吸い取られ、どこに行くことも出来ず、死すら考え続ける夢を。

 でも所詮は悪夢。目覚めて仕舞えば、果てて消える。そして私は起きた。起きて、家に帰って。そして、今に至る。

 

 ああ、よかった。

 夢だったんだ。また、いつもと変わらぬ日常に戻るんだ。好きな時間に起きて、好きなものを食べて、好きな曲を聴いて、たまに運動して、小説を書き、好きな時間に寝る。そういう、幸せ溢れる日常に。

 ああ、よかった。夢で。

 あんな苦しい夢、もう二度とごめんだ。

 

 もう二度と。