まどどブログ

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2022.05.07 家庭サブスクリプション導入提案について

2022.05.07

 

 矢張りスタバはダメだ。こういう作業には一切向いていない。騒がしいし、狭いし、何より人間に圧倒される。気にしなければ良いのかもしれないが、人間が周囲に居るという事実だけで、私の中の言葉は奥ゆかしく引っ込んでしまう。

 向いているのはどこだろう。コメダくらいしか私の中のストックには装備されていないのだが、これでは気分転換にならない。喫茶店を開拓しなければ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

  • 家庭という危険なギャンブル

 今日は家庭のサブスクリプション導入について、提案したいと思う。

 家庭というものは何より、コストを要する。相手を見つける、などと言った地ならしを除いても、出産コスト、養育コスト、住宅コスト、その他もろもろ。ざっと数千万円。それ以上かも。とにかく、過剰な資金を要する。

 それで得られるベネフィットは何か。せいぜい、愛らしい子供。幸せな家庭。天涯孤独からの逃避。それくらい。ベネフィットがコストに対して明らかに見合っていない。何の実利も無いのだから。

 言い過ぎか。家庭の温かみというのは孤独であれば味わえないものであろう。経験は何よりも価値があるもの。これらのベネフィットも、まあコストに見合うと言うのであれば、そうなのかもしれない。

 が、家庭の最大の問題点は、一度その道を選んで仕舞えば、コストから逃れられないところである。一度家庭を持って仕舞えば、法的に財産は共有される。子供など産まれてしまった際には、養育の義務が親に降り掛かる。

 仮に飽きたとしよう。家庭によって得られるベネフィットも堪能し尽くして、これ以上は己の利益にならないと判断したとしよう。そのとき、家庭は気軽に放棄できようか。

 飽きたので捨てます。さようなら。そうやって、家庭から決別できようか。己の人生を己のためだけに投資できようか。

 否。そんなことは出来ないのだ。法的な拘束があまりに大きい。そもそも家庭を投棄することは難儀なことであるし、手切れを求めたとしても、少なくない資金が家族に流出することは避けられない。多くの場合、裁判費用とて要するであろう。どんなに巧妙な策を練ったとしても、家庭を途中でコスト無く放棄することは現実的ではない。極めて難しい。

 つまり、家庭というものはリスクがあまりに大きい。そして、ベネフィットも不明瞭である。ハイリスクで、リターンが霧のように霞んでいるギャンブル。こんなもの、合理的に考えれば選択できるものではない。

 

  • 家庭のサブスク化

 しかし、こうも言っていられない。家庭は社会基盤の一つ。子供が生産できなくなれば、インフラは崩壊する。社会秩序の安定のために、家庭は必要不可欠なのだ。

 ここで私は冒頭の議題に戻る。家庭をサブスクリプションにして仕舞えばよいのだ。

 家庭は前述のように、コストとリスクの大きさが問題である。数千万円も要する商品を、返品も出来ずに購入せざるを得ない。あまりに不条理ではないか。この不条理を打開するにはどうすれば。

 つまり、コストとリスクなのだ。数千万円。返品も出来ない。この二つ。これを解消してやれば良い。

 家庭を欲したとしよう。月数万円支払う。適当に国家ないし非政府機関に見繕ってもらって、家庭状態を手に入れる。出資中は子の生産や育成も自由。これで家庭のベネフィットを享受する。

 飽きたら? 出資を止める。そうすれば、家庭状態は解消される。その代わり、孤独は担保される。子に対する責任等が気にかかるのなら、契約解除から二年間程度は一定額を収めるのも良いかもしれない。とにかく、恒久的に多額の資金を吸い取られる、というような状態を回避する。

 

  • 子供の脱嗜好品化

 どうだろう。まだまだ漠然として霧中にあるが、これで家庭のコストとリスクの問題は大きく改善されると思う。家庭の最大の障壁たるコストとリスクさえ解消されれば、入ってみたいと思う者は増加するのではないだろうか。

 いや、そもそも、子供の養育の責任を国家が持てば良いのではないだろうか。このサブスクで発生した子供は、国家が一元的に管理する。その費用は税金として、我々に転嫁する。このようにすれば、国家の繁栄と個々の幸福という両面を最大化できるのではないか?

 そもそも、現状で子供は嗜好品でしか無い。子供を労働力として転用できない以上、単に「かわいいから」という理由によって製造する他ないだろう。少なくとも都市部では。都市部では、子供の存在が何か直接的に生活へメリットとなることはないのだから。そして、都市部への人工集中が進んでいる今、その傾向はさらに加速すると思われる。古い家であれば「跡継ぎ」としての側面も持つであろうが、都市部の孤立した家庭ではそのような意味も持たない。

 つまり、子供は嗜好品なのだ。「かわいいから」とか「子供を持ってみたいから」という理由で生産されるだけ。ブランド品と何ら変わりない。嗜好品に国家の運命を委ねるほど、危険なこともない。

 であれば、最初から子供を国家の所有物として仕舞えば良い。誰も子供を生活必需品として必要としない。必要とするのは国家だけ。であれば、先程のサブスクで製造された子供を国家が養育すれば良い。

 現状、幸いにして多くの人間に生殖本能が備わっているので、子供を作ることそのものには——母体の健康など肉体的部分を除いて——さほど大きな問題もないだろう。問題はコストとリスクである。であれば、望まぬ出産でも、国家が引き取ることによって無駄なく解決できる。

 ただでさえ我々若者世代には金がないのだ。金がないから出産できない。誰かが勝手に育ててくれるのであれば、その心配も要らない。

 ああ、もしかしたら少子化も解消できるかも。予想以上に優れた発想かもしれない。まだまだ詰めが甘いので、しっかり整理してみたいと思う。文章も支離滅裂だしね、現状では。

 

 人間の感情面で受け入れられるかは知らない。私は人の感情がわからない。