まどどブログ

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2022.05.08 生き方について⑧ / 抑圧と自由について

2022.05.08

 

 今日もまた、プライベートな内容である。こんなんじゃ作家にはなれないね。共感こそ作品なのだから。

 

 はっきり言おう。創作などどうでもいい。

 いや、どうでもいいわけではない。ただ、創作こそ生きる意義。創作こそ進むべき道。必ずしもそのように定義付けるべきではない。そのように決定するのはむしろ危険である。というわけだ。

 何故ならば、私が根本的に求めているものは自由だから。

 

 昨日、ふと眠りの最中で教えられたのだ。

 私は抑圧が何よりも嫌いだったのではないか?

 抑圧。この二文字で人生を振り返れば、確かにすべて整理できる。小学校時代に何かと鬱屈した気分であったのは抑圧によるものだし、中高時代に輝いていたのは基本的にワンマンで何もかも実行できて、抑圧など存在し得なかったためであるし、大学時代に空元気の犠牲者となっていたのは人間関係で雁字搦めになっていたからに他ならない。そして今は、言うまでもなく。学生時代より遥かに多層的な人間関係だ。抑圧そのものである。

 抑圧。この二文字こそ、人生のキーワードであったのだ。そして、この対極にある「自由」こそ、私の目指すべき方向である。

 しかし、ここで一つの大きな難所が待ち受けている。「自由」とは、何か。「自由な生き方」とは、どのような生き方か?

 現状で把握できていることは、人間関係に縛られることのない生き方である。あるいは、誰にも制限されない生き方。創作に興味を抱いているのは、きっとこのような考えに拠るものであると思われる。

 が、それは正しいのだろうか。自由な生き方であれば、他にも何かあるのではないか。

 そもそも、立ち返ってみれば、この世に「自由」など存在するのであろうか。生きるために金を要するこの社会で、自由な生活など実現できるのか。誰にも制限されない、誰にも縛られることのない、そんな野生の生き方を、この社会は許してくれるのだろうか?

 わからないことだらけだ。

 

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 ただ、少なくともサラリーマンという抑圧の象徴の中に生きるのは困難である。本能的に明らかである。動物の動画ばかり観ているからであろうか、最近本能が冴えて仕方ないのだ。

 では、サラリーマンをいずれ辞することは既定路線として、その先をどのようにすべきか。それを考える上で、以下のような課題が考えられる。

 

1.この世の生計手段を調査する

 現状、私の知っている生計手段として、雇用されるタイプか才能を売り込むタイプか、この二種類に限られる。自営業系など一切知らないし、地方の労働手法など知る由もない。つまり、資金調達の手段について、あまりにも無知なのだ。

 調査の必要がある。現状、私はただの穀潰しでしか無いが、一つくらいは我慢できるものも発見できるやも知れぬ。

 

2.「自由」を定義する

 そもそも自由があやふやだ。「誰にも縛られない」「自分のしたいことだけする」くらいしかない。それが真理なのかもしれないが、これでは今後の人生設計を実行できない。もっと具体化しないと。

 でも、どうやって具体化しようね。これも課題かもしれない。

 

3.長所を把握する

 私は現状、自分の長所をはっきりと知らない。具体的には、「社会に対する異常な憎悪」と「あまりに歪んだ価値観」と「特に皮肉の方面で輝く文才」くらいしかない。これで何が出来ようか。マジで作家くらいしかないじゃんね。それも売れるか分からない。作家は生計手段としてあまりにハイリスクだ。

 が、恐らく、他にも何らかの長所は存在するはずだ。客観的な事実として、私は自分のことを恐ろしく過小評価する傾向にある。無論、上には上が居るので、その意味で私は文字通りカスだが、世の中の人間はさらにカスだった。たぶん平均以上の特技は何かしら有しているはずだ。それを探って、生計を立てる糧としたい。

 触れていないが、もはや私は私自身を商品にしようと考えている。作家も然り。そうでもしなければ、生きていられない。

 Youtuberとかずっとやってみたいんだけどね。何系が相応しいのやら。このブログもそうだが、ああいうものは確実にテーマを定めなければ顧客層がふらついてしまう。稼げるようになりたいのであれば、エンクロージャーに精を出さなければならない。経営学を学んでいてよかった。

 これはまあ、いいんだよ。あくまでルーティーンだから。

 

4.創作型労働に取り組む

 ふと思った。こんな適当な羅列をしていて、商談であれば殺されてもおかしくない。結論も最後だし。しかしこれは商談ではない。残念でした。

 話を戻して、実際のところ、サラリーマン以外で最も生計を立てる可能性が高いのは、現状で作家であると思っている。ゾーンに入ったときの私の文章は、私が読んでいても心が踊るものなのだ。まあ、私が好ましいような文体で書いているので当然なんだけど。

 が、恥ずかしながら、実は一日八時間以上執筆に取り掛かった記憶が殆どない。せいぜいあっても総計二十日くらい。そして、長編小説をまともに書いたこともない。定期的に何か書き上げるという経験もない。現状、漫然と書いて漫然と仕上げる程度に留まっている。それじゃ趣味でしょ。ダメだよね。

 結局、作家も労働であることに変わりない。少しばかりマシな労働でしかない。睡眠には間違いなく劣る。であれば、労働者として相応しい形態を身に付けなければならない。

 長時間継続しての作業。日々定められたアウトプットの達成。質の均一化。質の低下時の対処。などなど。創作とて仕事だし、作品とて商品なのだ。仕事において商品を生産するための工夫を、地獄用語で言うなれば「自己開発」を、達成しなければならない。ダラダラと書いていては一生稼げるようにならない。

 幸か不幸か、私にはサラリーマンとしての素地があるし、サラリーマンとしてあらゆるツールも学ぶことだろう。これを転用できる。感謝感謝だ。ぶっ潰す。

 

 こんなものだろうか。ただ、「抑圧」こそ打破すべきものであるという天啓を得たのは大きい。だいぶ人生設計を立てやすくなった。そもそも破綻しているんだけど。

 やっぱり信心深いからかな。神々に御礼申し上げる日々だ。お礼参りに行かねばな。あとお祓い。