まどどブログ

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2022.05.09 生き方について⑨ / 仕事辞めよう計画について

2022.05.09

 

 今日も一日、記憶を飛ばした一日であった。仕事辞めたいね、辞めたいね仕事。

 正直なことを言えば、一日にして心が壊れかけてしまった。なんとか正気を取り戻したが、これほど狂ったように歌ったのは初めてだ。矢張り私の心は労働に対して極めて脆弱らしい。というより抑圧?

 というわけで、「仕事辞めよう計画」はますます推進力を持つことになる。ただの漣が大波となってしまったわけだ。私はさながら、サーファーというわけか。嵐のサーファー。

 時期を決めよう。一日にして耐え難いのであるから、そう長く持ち堪えるはずもない。少なくとも一年は厳しかろう。であれば、冬を以て辞するのが望ましいか。冬、というように設定する。

 では、冬に向けてどう行動するか。結論から述べよう。私は何らかの賞を死物狂いで獲得することを目標とする。

 とりあえず、私は出来れば親の力を借りたい。流石に生活がままならなくなるためである。それほど大きな貯金もない以上、極端に貧しい生活を選ぶか、実家に居候させていただくか、この二択から選択する必要がある。前者はなるべく避けたい。豊かな生活が送れるのであればそれに越したことはない。例え恥を受けるとしても。

 当然のことながら、親は簡単に承諾しないだろう。ただ「作家になりたい」だとか「仕事が苦しい」だとか説明したところで、普遍的な価値観に基づく行動ではないので、親が納得するとは到底思えない。どうすべきか。

 ここで前述の目標が設定される。安直かもしれないが、もはや既成事実を作ってしまえばよいのではないか。こう考えたわけだ。つまり、どんな賞であろうとも獲得すれば、「賞獲ったから」「俺もう作家だから」という言い訳を用いることが出来る。「俺作家だから、さらなる飛躍を目指す。だから住まわせてほしい」と言うのと、単に「作家になりたいから居候させてほしい」と言うのでは、言うまでもなく重みが違ってくることだろう。幸いにして、親は文壇の人間ではない。些細な賞であろうとも、賞の獲得という事実そのものが私に対して与える印象を大きく変える。そう期待される。

 作家というものは主観的な職業である。絶対的な実績が伴うわけでもない。ちょっとした裏付けさえあれば、世間一般には「作家さん」なのだ。生計が立てられているかどうかは、別として。

 さて、この計画における問題点は何か。二つある。一つ。そもそも賞を獲得できるか否か。これは知らない。とにかくたくさん考えて、たくさん応募するしか無い。幸い、あまりに現実がつまらないので妄想するのに苦痛は少ない。なお、このことを考えれば油売っている時間など殆ど無いはずだ。

 もう一つ。忘れた。やば。

 なお、問題と直接関係ない懸念も一つ。冬までに賞を獲得できなかった場合は、どうすべきか。どうしようね。恐らく「冬」というのは私の中で定められたデッドラインですらある。これ以上後ろ倒しにすることは難しいだろう。この場合、どのような言い訳を考えておくべきか。それも検討する必要がある。

 

 いずれにせよ、私はこのままサラリーマンで在り続けることなど無いだろう。

 精神をギリギリまですり減らして、まとまった金が手元に残った段階で、オサラバだ。

 仮に作家になれずとも、沖縄かハワイで砂にまみれて暮らすだろう。