まどどブログ

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2022.05.10 労働について⑯ / 精神的報酬の水と除草剤について

2022.05.10

 

  • 精神的報酬と潤い

 勘弁してほしい。心の底から願っていることがあるのに。

 労働に強い絶望を抱いている私だが、これでも、一縷の望みを捨てていない。どこかには楽しいものがあるのだろう。どこかには達成感なり、満足感なり、そのような喜ばしいものも、きっと散りばめられているのだろう。現状ではまだ労働の片隅しか見ていないので荒野のように思えるが、きっと深く潜ればオアシスも眠っていよう。そういう期待だ。

 私は何も、労働を無条件に拒んでいるわけでもない。ただ、私の生存を維持するために、労働を遠ざけるしかない。ただそれだけなのだ。現状における労働は、ただの拷問である。苦痛のみ与えられ、褒美は殆ど無い。せめて金銭。これでは生きている意味がない。精神的報酬が無いのなら、あらゆる活動は空しい。乾ききっている。精神的報酬こそ、心の潤いなのだ。

 翻って考えれば、ここで労働に対して精神的報酬が付与された場合、逃れる理由は失われる。そもそも労働は楽なのだ。逃れる必要が無いのなら、甘んじて支配を受け入れたい。そのようにすら思われる。

 労働における精神的報酬を、恐らくは誰よりも強く、待ち望んでいたのである。

 

  • 労働という除草剤

 それがどうだろう。知れば知るほど、荒野はますます広くなっていく。むしろ、僅かに笑んでいた草花すら無い、砂漠へと歩を勧めているようにすら思われる。

 知れば知るほど、私は思う。クソつまんねえ。びっくりするほど、つまらない。

 苦渋の日々であった受験勉強ですら、知の集積には潤いを感じたものである。その潤いで、心が草木に満たされていくのを感じたものである。社会人にはそれがない。むしろ心の草木を枯らす。アメリカ軍でもお誘い申し上げたかのようだ。学生の私が思う以上に、社会人というものは拷問であった。

 

  • 残念無念

 まいったな。私の仮説が日々立証されていく。こんな結末を望んでいたわけではなかったのだが。私なりに、どうせ文句を言いつつ社会人の自分を受け入れ、それなりの人生を送れる、と期待していたのだ。これまで何とか人間の皮を保って生きてこられたのだから。

 しかしそれは難しいようだ。その可能性は、日々狭くなっていく。心の米軍はより一層、ゲリラ排除に乗り出している。流石は資本主義の母。資本主義に生きる国である。

 舐めるなよ。