2022.05.22
この土日は腐ったような土日だった。何もしなかった。ただ布団に横たわって怠惰に過ごした二日間であった。
どこまでも堕落した二日間であった。
ここで以前の私であれば、自身を糾弾し、「どうせ未来はないのだ」などと自暴自棄の宣言を為したことだろう。しかし私は同じ轍を進むほど愚かではない。終わったことは素直に受け入れるのだ。
仕方ない。この二日間はどうしても怠惰にならざるを得なかった。もうそれは仕方ない。この二日間で得たことも、ないわけではないだろう。
ウクライナ情勢。恋。佐村河内守の真に凡庸な様。人間の醜悪さ。カクさんの愛らしさ。動物たちの麗しさ。音楽の粒子たちのせせらぎ。自らのアウトプットを——自らの子を——ないがしろにされることへの、情動的な怒り。
これらを得たのだ。得たのだから、恥じるべきではない。
が、反省はすべきだ。虚無の時間は多くなってしまった。振り返りと対策。考えるべきであろう。
そして、なぜ私はこの二日間、堕落せざるを得なかったのか考える。何故か。
恐らく、二つ。一つは生活リズムの崩壊の反動。四時間睡眠を続けた後の休日である。活力を吸い取られていても不思議ではない。
もう一つ。労働からの隔絶。実家というものは危険だ。労働そのものを認識の外に追いやってしまう。敵は隠れているに過ぎないというのに。
対策。前者。正しき生活を。いくら労働が憎かろうと、いくら時間が惜しかろうと、私そのものの魂を削っては本末転倒である。心を保て。労働を潰すために。
後者。思いつかない。業務内容の振り返りとか? でも、今回はたぶん前者のほうが強かった気がする。
潰せ。潰せ。労働を。私はきっと作家になれる。売れるかどうかは別として、作家としての気概は備わりつつあるはずだ。自身の文章をかき回されることに、聳えるほどの憤怒を覚えたのだから。
知らんけど。