まどどブログ

普通の男子大学生が、有名作家になるか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2022.05.24 生き方について⑫ / 時間のNASAについて

2022.05.24

 

 時間がない。とにかく時間がない。

 足らぬ足らぬは工夫が足らぬ。そんなことを言われても、足らないものは足らないのだ。具体的に、実務と睡魔によって時間が吸い取られている。なお、労働は時間に含めない。労働は単なる無である。時間を分解して消し去ってしまうブラックホールである。彼の出現によって私の人生は半分程度になってしまった。そこに時間などはじめから存在しない。故に労働は時間と呼ばない。

 では実務とは何か。ここでの実務とは、人間として生き抜くための手段のことを指す。例えば節税とか年金とかね。私の興味からは遠く離れているものの、現代社会に生きる上で、どうしても避けられない。故に時間を取られる。

 そして睡魔。簡単なことで、出勤・退勤時はずっと眠っている。意識が飛ぶのだ。起きていられない。電車のかすかな揺らぎは赤子であったころを思い出させる。母が腕の中であやしていた、あの感覚とそっくりだ。故に、意識を失う。こちらとて、寝てしまいたいわけではない。本も読みたいし音楽も聴きたい。それでも眠る。

 さらに私は睡眠時間を削るべき人間ですらない。生活リズムの乱れは気分の乱れ。ジェット気流を巻き起こす。つまり、なるべく正確で同一の生活リズムを刻む必要がある。以前「寝なければ良い」と述べたように思うが、それは明らかに誤っている。数日であればまだしも、長い目で見ればアウトプットの質・量ともに低減することは目に見えている。悔しくとも、寝なければならないのだ。

 ああ、動物であることをこれほどまで恨んだことはない。食も睡眠も生殖も必要なければ、私はどれほど理性の求めに従順であっただろうか。食事も睡眠も生殖も、本能に基づく情欲であるという観点で無意味だ。それでも、私はこれらに抗うことが出来ない。これらを抑圧すれば、理性をも抑圧してしまう。残念なことだ。

 この状況で可能なものとしては、恐らく一つで、隙間の無駄な時間を削ることであろう。ここで言う「無駄」とは、ぼんやりと物思いにふける時間を含まない。SNSや動画を狂ったように見続ける、そのような時間のことを指す。あれらを見つめ続けるのであれば、天井でも眺めておいたほうがよほどマシだ。

 時間の無さを嘆きつつ、私はいま出来ることに目を向けるべきなのだった。