まどどブログ

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2022.06.07 強き者について

2022.06.07

 

 就職を控えている愛らしい学生諸君に伝えたい。

 社会人とは、 『モダン・タイムス』とまでは言わずとも、Avicii/Levels のMVとまったく同一である。個の範疇を越えた業務に忙殺される。そしてやがて心を病む。いや、脱する、と解するのが良いか? ともかく、社会人とはあの男性のようになることを意味する。誇張ではない。あのままの姿なのだ、社会人とは。

 これを知っていたならば、私がこのまま、狂気の道に進むこともなかったろうに。

 いや、私はもはやあの男性にすら達していない。たった独りで、踊り狂って死ぬのだ。

 それもまあ、仕方ないことでは在る。

 

 今日はあまりに眠く、何か難しいことを考える余力もない。そもそも一日十時間は寝るべき人間が、高々五時間で五日間も耐え忍んでいるのだ。思考力が著しく鈍ったとしても何ら不思議ではない。ふざけんなよ。

 こんなことを書いていたら、何を主題に据えようか忘れてしまったではないか。

 

 もういいや。寝よう。その前に入浴、であるが。

 ああ、なぜまた数時間もしたらあの苦行に戻らなければならないのだろう。なぜ私が。私でなくともよいはずだ。皆、労働を愛しているのだから。

 不謹慎ながら、地震でも火災でも好きなように起きて、社会をめちゃくちゃにしてほしいとすら思う。そうすれば働かずとも済む。当然、私及び私に近しい人間の、身体並びに財産等の安全は保証しつつ。それ以外はどうでもいい。私は知覚できないのだから。

 ああ、それでも矢張り可哀想だ。すべては労働の所業。労働よ。貴方は滅びなさい。

 

 思い出した。身の上話をしようと思っていたのだった。

 私は恐らく、誰よりも強い者である。そう、誰よりも強い。厳密に言えば、逃げることを知らない。

 どんな罵声を投げかけられようとも、どんな苦しいことがあろうとも、どんな耐え難いことがあろうとも、私は基本的に逃げない。過程に差はあれど、結局、最後まで耐え忍んでしまう。そして、ひどく後悔する。なぜ逃げなかったんだ、と。

 私は強いのだ。簡単に耐えられてしまう。自分の感情を押し殺すことなど造作もない。先天的に有している機能ですらある。自分が何を思おうとも、身体がどんな反応を示していようとも、私は簡単に耐えられる。強いから。

 だから私はこうして苦悩しているのだ。常人には耐え難いほどの抑圧。本来外界と融和しているはずなのに、切り取られてしまった私。オフィスに貼り付けられてしまった私。一般的な人間であれば、簡単に逃げ出してしまうことと思われる。居るべき場所へと、帰ると思う。

 私は耐えられる。はっきり言おう。絶えることなど容易だ。これしきの苦しみ、私であれば対処可能。が、耐えられることと、耐える意義の明確なこととは、違う。そして多くの場合、耐える意義など無い。つまり、私はこのまま耐える。そして後悔する。この可能性が高い。

 だから決めかねている。逃げるという、これまで選択しなかった道を進むか。それとも、これまで通り容易く耐えて、容易く悔いるか。

 強き者はつらいのだ。強いからね。

 

 そうそう。書き忘れていたが、私は本来外界と融和していた。ついこの間まで。それについては、また明日。