まどどブログ

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2022.06.18 引っ越しについて

2022.06.18

 

 私はこの土地を憎んでいた。

 それはこの土地によるものではない。土地は私より遥か遠く、既に在った。土地は雄大な歴史を持っているし、私は歴史に敬意を払うべきであった。

 それでも、私はこの土地を憎んだ。私は逆恨みをした。私が置かれた、この境遇によって。

 労働。私を囚える者。私を虐げる者。私をすり潰す者。労働によって、私はこの土地に移った。この土地を、選ばざるを得なかった。

 だから私は憎んだ。この土地を。この家を。窓から見える、土地の顔を。道を。匂いを。

 ただ生きている、みんなを。

 すべてを。

 

 そして私は、離れることとなった。

 かつて私が選んだ古里へと、戻ることとなった。

 荷物を詰めて、掃除して、すべてを仕舞い込んで。部屋をならして、更地にして、私の色を消し去って。

 外を見た。窓高く見える、景色を。

 偉大なる山々を。遥か生き永らえる木々を。行き交う自動車を。田畑を。斑目模様の建物を。

 土地を。敬虔を。

 私は鋭く省みた。

 

 遠く、はるか真っ直ぐな闇の中に、幾多もの光線が吸い込まれていく。

 見慣れたバスも、また同じように、遠く。

 あれほど憎んだ、この土地も。

 茂き雨と、滲む街灯とともに。

 それは、明らかに寂しさであった。

 

 暗闇の中、ほのかにかおる人の営みを標に、バスは進む。

 音を立てて、別れを私に流し込む。

 最後の晩餐に私を運ぶ。

 

 あれほど醜く、穢れて、はしたなく思えた街も、土曜日の夜にはこんなおしとやかな顔を見せるのか。

 飲食店は静寂に満ちている。パチンコ屋はしっとりとした光を放っている。

 バスと、満ちた人と、やや品の無い人と、虫たちと、雨だけが、跳ね返る。

 

 帰りのバスは、たった一日だけ眠る仮の宿に、かつてのマイ・ホームに、私を運んでいく。旅行のような新鮮さ。あれほど怨んだ道だったのに。

 何もかもが寂寞と懐古の中に投げ出される。

 それが引っ越し。

 前の車が夜に沈んでいく。そしてまた、浮かんでくる。

 湖の中に、バスは進んでいく。

 

 私は、進んでいくのだろうか。