まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2022.07.10 出エジプト前について

2022.07.10

 

 端的に言おうか。私にはいま、何が正しく何が間違っているか分からない。

 

 例えばAという人が居て、私を激しく追い詰めていると考える。しかし、その人が本当に私を嫌っていて、私を追い詰めているのか分からない。もしかしたらこれは私の被害妄想なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。客観的に見れば、恐らくAは私を虐げているのだが、それが正しいか否か、一切分からない。単に私が精神的に不調を来していて、被害者意識が膨れ上がっているのかもしれない。何もかも分からない。

 

 私の夢が何だったのかも、分からない。私は確かに作家を目指していたし、世界との融和も、また愛されるべき誰かへの支持もまた、望んでいたはずだった。しかし、それが何だったのかも分からない。私は、耐えるべきなのかもしれない。あれほど自我を殺していたものも、単なる思い込みによる誇大表現であって、一般的には「甘え」と見られる部類のものなのかもしれない。しかし、現に私の目の瞳孔は開ききっていた。まさしく生ける屍であった。その状況から、私は間違いなく抜け出ることを望んでいたはずだった。そして、世界に対して愛を叫ぶ役割を担っていたいと、厳しく自らに背負わせていたはずだった。もはや何が正しいのかも、分からない。

 

 もう何も分からない。何が正しいのか。何をすべきなのか。何を欲しているのか。私は何を知っていて、何を知らないでいて、何を与えられていて、何を与えるべきなのか。私はどうやって生きていくのか。あるいは死んでいくのか。私は何者か。私は、誰だ。

 

 

 

 こんな状況もまた、一般的な人間に見られる健全な状況なのか。それとも、健全でない状況なのか。もうそれすらも分からない。

 

 何も分からない。誰も、何も、彼も。

 

 どうでもいいことだが、出エジプトの地点にバス停があった場合、恐らく「出エジプト前」という名称となっていたように思われる。