まどどブログ

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2022.07.19 人間は何故オオカミとなるのか? について

2022.07.19

 

 腹が痛い。腸は刺々しく、閉ざされた壁を破ろうと躍動する。

 しかし残念。棘程度でベルリンの壁が崩壊しようか。私の腹は東西世界を分かつほど厚い。

 

  • オオカミになりたい

 周知の通り、人は誰しもオオカミになりたいという願望を抱いている。議論されることもなく、いずれ人はオオカミとなるのだ、そのように信じられているし、社会もまた、それを前提に形作られている。例えば労働によって人が虐げられているのは、すべてオオカミに変異するという豊穣を与えられる試練に他ならない。昨今では『ちいかわ』がこれについて指摘しており、多くの者に希望を与えている。

 ここで私は敢えて、疑義を呈したい。人は何故、オオカミに憧れ、僭越ながらオオカミになってしまいたいと思うのであろうか。オオカミは何故、人をそれほどまでに魅了し、人間性の放棄という危険な欲求まで与え給うか。

 この問題について、オオカミの外部——即ち肉体——と内部——即ち精神——とに分けて考えることが妥当だと考えられる。人間は肉体と精神を併せ持つ以上、転移を希望するオオカミについても肉体と精神の両面に対して羨望を抱いていると思われる。故に、私はここで、オオカミの肉体と精神がどのように人間を寄せ付けるのか、述べなければならない。

 第一に、肉体について。オオカミはかっこいいのにかわいい。ヤバいから。仔細に述べれば、オオカミは基本的に力強く、また群れとして個々の力を増大させて生息しているため、生態系の頂点に君臨する。故にその姿は非常に力強く、頼もしく映る。しかし彼らとて、安らかな表情を見せるときがある。眠りにつくこともあるし、転がっていることもあるし、友人同士戯れていることもある。それがヤバい。めっちゃかわいい。天高く張った耳が左右に動いて、眠たげな目を開いて、小さい手足を前に出してぼんやりとしている姿を見たとき、正直に申し上げて、私は汽車の中で気絶し窓から飛び降り、彼らの声に遠吠えを重ねてしまった。そもそもふわふわの時点で我々を射止めにかかっているようなものだ。彼らの牙は我々の心を食い荒らすために存在しているらしい。エッチだね。

 第二に、精神について。先に触れたが、オオカミは同志を極めて重く見る。とりわけ、パートナーに関しては全身によって愛情を表現する。口で相手の顔を咥えるし、相手の顔を舐め回すし、身体を重ね合わせて眠りにつく。人間のように醜悪で愚劣で野蛮な生物には決して見られない習性である。人間は滅びよ。人間には決して叶うことのない善性であるからこそ、悪性を厭し、高みに魅せられるのである。

 

 オオカミの魅力について述べていたら筆が止まらなくなってしまいそうになっておののいた。思考がとめどなく溢れて、瞬く間にすべてが文字として電脳世界に映し出されている。このようなこともあるらしい。とりわけ私が心酔申し上げているのはレッド・ウルフなのだが、これについては別の機会に。

 そして人間は滅びよ。