まどどブログ

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2022.09.17 北海道の愛らしさについて

2022.09.17

 

  • 北海道:無常の大地

 北海道は興味深い大地である。何故か。無常の体現であるから。

 北海道は内地と決定的に異なる。それは、たった百五十年遡るだけで、未開の地に当たることである。先人たちは、数十年という短期間で、原野であったところを拓き、産業と人を植えた。これによって明治から昭和の間、北海道は著しく成長した。街は栄え、潤い、建造物も多く建てられた。北海道はたった百年で、完全なる原野から居住地へと変化した。そして栄華を誇った。函館、小樽、室蘭、夕張、歌志内、釧路、その他大勢。あらゆる街が、その名を全土に轟かせた。

 しかし北海道は産業を失った。産業を失った街はそのまま、百年という短期間での栄華を返上するように、数十年で急速に衰えた。函館、小樽、室蘭、夕張、歌志内、釧路。その他多くの街が急速に産業を失い、人を失い、金を失った。かつて栄華を極めた街に残されたのは、街を離れなかった気高き人々と、人の離れたコンクリートだけであった。

 そして北海道に残されたのは、札幌への一極集中である。もはや札幌の人口は全道の四割を伺う。北海道は札幌か、それ以外か、その二択に篩い分けられる。札幌だけが全道の人口を吸い上げて肥え続ける。

 札幌以外の都市はどうか。多くは消滅する。限られた数都市を残して。旭川、帯広、苫小牧、北見、千歳。命を繋ぎ止めるのはせいぜい、この五都市ではないだろうか。無論、鶴居のように小規模ながら人口増加に邁進している自治体はあるものの、そのようなケースは稀で、ある程度の人口規模を持たない、ないし産業を喪失した街は例外なく衰退を強いられる。特に産業を持たない街——夕張や歌志内——は、遠からず完全に人を失うだろう。

 これが内地と決定的に異なる点である。内地も今後、衰退のフェーズに突入することであろう。しかし内地には一定以上、都市の分散が見られる。東京都市圏とて、これだけ広大であるのに、人口の三割程度を占有するに留まっている。そして、どんな山奥の街であろうとも、ある程度の規模を保ったまま存続することであろう。しかし北海道は違う。北海道では基本的に札幌だけが栄えていくし、それ以外の街は限られた都市圏を除けば、文字通り消滅に近い形で衰退する。内地では考え難い。

 原野を拓き、栄華を誇り、産業を失い、消滅する。ここまでたった二百年。だから私は北海道を愛している。

 

  • 函館の衰退は北海道の完成を意味するか?

 ところで興味深いのは、函館である。函館は内地と最も近い都市であるにも関わらず、急速な衰退を見せている。これは函館という都市の特性を考えれば、北海道という土地の完成であるようにも思われる。

 函館を震央と為す渡島半島は元来、本土との交流によって栄えていた。道南十二館や松前藩がそれを示している。そして箱館奉行以降、函館は確固たる一大都市となる。むしろ、函館の他に栄えているところなど北海道に無かった。その函館が、もはや衰退を見せている。これには何か示唆的なものを感じる。函館は内地から近くとも、札幌という北海道の中心都市からは——羊蹄山をいただいてしまっているために——明らかに遠い。そして航空網の発達した現代において、内地との交流という観点で見れば、函館に与えられた使命もさほど大きいものではない。新千歳に飛ぶほうが早くて便利なのだから。

 このことを見れば、函館の衰退というのは、内地に頼らずとも、即ち札幌へとあらゆる産業を集中させようとも、北海道は自立していられる、その証でないだろうか。何ら根拠のない妄想ではあるものの、せめてそのような明るい兆しを見出さなければいたたまれない。

 

 望むべくは小樽の再興である。しかしそれには樺太・千島が欠かせない。さて、どうなることやら。