まどどブログ

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2022.09.24 日本の衰退と民主主義について

2022.09.24

 

  • 日本の意思決定者:全国民

 日本は民主主義国家であるか?

 言うまでもなく民主主義国家である。GHQによる修正を経て、日本は疑う余地なく、国民が主権を持ち、国民が選挙によって政策を決定できる国家となった。その原則は戦後以来、一切変化していない。少なくとも、各種メディアの自由が確立されており、かつそのメディアの調査と選挙結果とが近似していることから、選挙が概ね公正に行われていることは明らかである。いくら自由民主党が圧倒的な勢力を占めており、もはやその内部での政策討論がそのまま意思決定機関となっていようとも、それを是認しているのは国民である。

 そして過去の政策は、明らかに日本国民の選択である。例えば集団就職という形で地方の若者を都市に「徴収」し、地方の衰退を招いたのは明らかに日本国民である。また、国鉄民営化や郵政民営化など、国営企業の民営化を進め、選択と集中を加速させた結果、地方インフラ、そして地方経済の弱体化を招いたのは明らかに日本国民である。さらに、人材派遣を拡大させ、平均年収の低減とワーキングプアの増大を許したのは明らかに日本国民である。何もかも、現代の衰退を招いたのはすべて日本国民である。政府の意思決定に何らかの問題はあったのかもしれないが、それを是認したのは日本国民である。

 

  • 日本国民は主権者たり得るか?

 それであるというのに、なぜ日本国民は現状に憤りを覚え、政治家を呪うのであろうか。私には理解できない。我々のような、当時選挙権を持たなかった若者であればまだしも、小泉政権の時代に選挙権を有していた人間は多く在る。そのような年代からも、現状の衰退を——まるで被害者のように——憤る声は多く聞こえる。理解に苦しむ。現状があるのは貴方がたの責任である。現状が苦しいのは貴方がたの選択が故であり、自らを呪うべきである。少なくとも、すべての責めを政治家に見出しているのは愚かと言う他ない。

 現状、すべての責を政治家に負わせることが出来るのは、以下の者に限られる。政府の中央集権的政策に一貫して反対の声を挙げ続け、中曽根政権にも小泉政権にも——果てには安倍政権にも——支持を与えなかった者。当時に選挙権を持たなかった若者。以上。その他の者は、政治家を糾弾する前に、自らの選択を懺悔しなければならない。懺悔を経て、自責の念を抱いてこそ、民主主義は正しく機能する。

 それが出来ないのであれば、主権を放棄したほうがいい。政治はお上のもの。我々には関係ない。自責を放棄するというのは、そう主張しているのと等しい。まさしく封建主義の体現者、と呼ぶべきであろう。民主主義に対峙する封建主義の守護者というのは、日本という歴史ある大地に相応しいではないか。

 その際には、私も民主主義の放棄を手伝おう。日本の風土に民主主義は馴染まない。日本において、政治はどこまでもお上のものとして、民衆から隔離すべきである。それが我々にとっての幸いとなる。

 

  • 補記:日本は「衰退」しているか?

 なお現状の日本が真に「衰退」しているかどうか、私は知らない。そもそも何を以て「衰退」と見做すのか。人に溢れている環境のとりわけ憎い私からすれば、日本の「衰退」はむしろ「収斂」と見做すことも出来る。

 また、データを根拠とするのも、環境の差異を十分に考慮しなければならないので、議論としては危うい。例えば平均年収の低減については、高齢者世帯と独身世帯、そして働き方改革の影響力を排除しなければ論ずることすら出来ない。バブル期の——文字通り死ぬ気で——がむしゃらに働く環境と、現状の残業を悪とする環境とでは、同じ賃金水準になるとも思えない。

 まあ、私としてはこのまま「衰退」していただいたほうが有り難い。働きたくもないし、五月蝿いのも必要ない。