まどどブログ

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2022.09.26 景色あそびについて

2022.09.26

 

  • 景色あそび

 昔から私は、ありふれた景色に意味を見出すことが好きだった。そしてそれには、驚きが無ければならない——少なくとも誰にも気付かれなかったような驚きが。

 例えば波というものは岬において反響する。波の音は三方を山で囲まれた岬の中で、まるで四方から波の押し寄せるかのように、響き渡るのである。これは現象を見れば、単なる音の反響である。波が海からやってきて、岸の礫や砂との摩擦によって音を発生させたとき、岬の三方にその音が跳ね返り、湾内で響き渡るに過ぎない。原理のみを見れば単純明快、至極当然のことではある。

 しかし私にとって、それは寂しさであった。波は死してなお虚しい。波の音が四方に響き渡るというのは、その虚しさをより際立たせている。本来、波は岸に打たれて死ぬとき、僅かに音を立てるに過ぎない。僅かな音であるからこそ、波の死という儚さは、また僅かに耳を通るに過ぎなかった。しかし、この岬では、その音が幾重にも複されて響き渡っている。波の音はことさらに強調されて、なお激しく儚さは浮き出されている。それは何とも悲しげであった。死とは、楽しまれるべきものではないのだ。

 

 何が言いたいのか分からなくなってきた。他に良い例もあっただろうが。