まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2022.09.30 人生と妥協について

2022.09.30

 

 本日は木に昇ってこの記事を書いているが、それもそれで良いものだ。矢張り慣れは良くない。私はそもそも大地に這っているのが好みだが、ずっと這っていては見えるものも見えてこないのである。つまり、脚立に腰掛けるのだ。

 というより、慣れを恐れよ、ということか。私は慣れた途端、何もしなくなる。故に慣れた場合、その慣れを破壊しなければならない。座布団に慣れたら脚立に移行し、座机に慣れたらカフェに移行する。そして地元に慣れたら旅先に移る。このようにして、私は慣れを破壊してきた。恐らく性分として、慣れは壊さなければならないのであろう。慣れの断続的な破壊こそ緊張を生み、緊張は魂を生む。

 そして何より、私は身体を動かすことがとても好きらしい。これは意外な発見である。何か目的を付与した途端、私は動かなくなってしまうのだが、何の目的もなく、ただがむしゃらに動き回るのであれば、恐らくいつまでもはしゃぎまわることが出来る。ちょうど鬼ごっこに邁進する子供のように。

 矢張り私は狼の末裔なのかもしれない。

 

 ところで昨日の冒頭に述べたものはやめた。何も面白くない。

 

  • この世と妥協について

 Twitterを見続けるよりも、YouTubeあたしンちを見ている方がマシである。幸せに包まれるから。

 そしてYouTubeを見続けるより、本を読んだほうがマシである。教養という人生を共に戦う武器が身につくから。

 そして私の願いは、永遠に——死ぬこともなく永遠に——ベッドの上で怠惰を楽しむことである。しかしそれは叶いそうにない。

 こうして、人生は妥協を重ね続ける。私の人生は妥協に満ちたものである。それを悲観することもない。恐らく、人間にとって人生とは、妥協そのものなのだから。ただし、怒りを覚えていることは間違いない。その怒りこそが、妥協という人生そのものを破壊する手になれば幸いであると、私は強く思う。