まどどブログ

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2022.10.22 最近話題のキャプテン美談について

2022.10.22

 

  • 最近話題の「美談」は真に美談か?

 昨日、このような記事が流行した。いや、私の立場から言わせれば「跋扈」した。

news.yahoo.co.jp

 普段は掃き溜めより醜悪なヤフーニュース・コメントも、この記事に限っては感銘の嵐である。ところが、意外や意外、これの何が「美談」なのか、私には一切理解できない。

 厳密に言えば、この「美談」については「少年がキャプテンに憧れ、現役機長と交流を持ち、そして夢を実現した」ことと「機長がそれを機内アナウンスで広報したこと」の二つの要素があり、前者が美談であるのは論ずるまでもないが、後者は美談と認識されないどころか、明らかに糾弾されるべき要素であると考える。

 なぜか。機内アナウンスの不適切な使用であり、乗客の活動を妨害する行為であるから。

 

  • 機内アナウンス:他者の活動の妨害

 一般に、乗客はこの機内アナウンスを聞かなければならない。少なくとも、そのように求められている。安全に関する放送ではそれが明確に言われているし、最近の機材では、機内アナウンスとともに機内備え付けの機器は動作を停止し、操作できないようになる。このことから、航空会社は乗客に機内アナウンスを聞いてほしい、と考えていることが読み取れる。

 これは乗客にとって、活動の中断を意味する。音楽鑑賞。映像鑑賞。仕事。パソコン作業。友人との会話。これらはすべて、一旦停止させられる。特に音楽鑑賞や映像鑑賞などであれば、イヤーフォンを外さなければならないので、活動の中断はより顕著となる。他の活動についても、それに対する意識は一旦機内アナウンスへと移るので、少なくとも数秒は活動を停止させられる。即ち、機内アナウンスは乗客の活動を、ある意味で強制的に中断している。言い換えれば、妨害している。

 

  • 活動の妨害はなぜ許されるか?

 そして一般に、他者の活動を強制的に停止することは許されない。例えばカフェで作業中の者が、突然見知らぬ人に話しかけられるのは許されない。それは他者の活動の妨害であるから。多くの者は、例え相手がどのようなことを話そうとも、自身の活動を妨害されたという事実そのものによって、極めて不愉快に感ぜられることであろう。

 では、機内アナウンスはなぜ許されているのか。それは、機内アナウンスによる伝達事項に二つの要素が付与されているためである、と考える。

 第一に、保安上重要度の高いもの。安全に関する案内、シートベルト着用の徹底、緊急事態のお知らせ、緊急着陸のお知らせ、酸素マスクの装着案内、その他保安上重要な事項。これらを聞いていなければ、乗客そのものの安全が脅かされる。故に乗客は、活動を妨害されてでも聞かなければならない。

 第二に、乗客にとって利益となるもの。飲料提供サービスの開始、到着地の気候など。活動が妨害されたところで、これらを聞くことによる利益が大きい。故に乗客は妨害を許容する。

 機内アナウンスが許されている理由は、この二つに限られる。なお、法や約款などによる拘束力については、ここで議論しない。そもそも、その拘束力に正当性を付与しているのは、この二点である。

 

  • 今回の件はどのケースに該当するか?

 さて、今回の件は、このいずれにも該当しない。

 誰とも知らぬ少年がキャプテンになる夢を持ち、誰とも知らぬ機長と交流を重ね、長年の努力の結果、最終的にキャプテンとなり、乗客として今、乗り合わせている。どこを引いても、保安上重要な部分は見当たらないし、また乗客にとって利益となるものもない。そもそも乗客に何の関係もない。つまり、乗客に何ももたらさない。それでは、単に乗客の活動を妨害したに等しい。妨害しておいて「美談」とは、興味深い。

 正確に言えば、活動を妨害されてなお、そのような赤の他人の談義が「利益」となる者に限って、その機内アナウンスもまた有効なものと成り得るが、そのようなサンプルはどの程度あるか。それはそれで、また興味深い。

 

  • 予想される反論について

 ここで、一つの反論が考えられる。法や約款等で機内放送に聞く義務はあるのではないだろうか。その場合、機長の放送内容がどのようなものであろうとも聞かなければならないので、ここで論じていることはすべて意味を為さないのではないか。

 実際、そのような義務があるのかは知らないし、興味もない。が、仮にあったとして、この義務に正当性を付与しているのは何か。それは先に挙げた二つの要素ではないだろうか。例えば機長が彼自身の惚気話を機内放送で話していて、それに傾聴の義務があるとして、誰がそれに従うだろうか。課せられた義務には、守られるべき正当性——実効的刑罰も含む—–があってこそ成立するのであって、無い場合には意味を為さない。故に、矢張りここでは先の二点が問題となる。

 ちなみに、今回の件も、惚気話とは本質的に変わりがない。機長の私的な会話であり、乗客には何ら関係ないのだから。

 

  • 補記:機内放送はTwitterであるべきか?

 もっと言えば、私的な ’Tweet’ に機内アナウンスを用いることは、機内アナウンスの正当性、信頼性を揺るがすことになりはしないだろうか。格式高くあるべき機内放送がTwitterでは、何だか心もとない。