2022.10.30
- 或る兎の受難
或るところに、兎が居た。
その兎は温かい芝生の上で暮らしていた。食料たる草はそこらじゅうに生えていた。その兎は気の向くままに、草を食み、草に横たわり、そして草に香られながら、素朴に暮らしていた。その兎はそれ以上のことを望まなかった。温かい日差しと、純朴な草とが、その兎にとっては何よりの幸福であった。
ある日突然人間が来て、芝生を刈り取った。安息は奪われた。そして彼はこう言った。
「おい、兎。見世物小屋に来い。あるいは、オオカミの餌だ」
兎は嘆き悲しみ、苦しんだ。自らの弱さに。アンチテーゼたるオオカミに憧れすらした。そして何より、人間を憎んだ。
さて兎はこの先、どのように生きるべきか?
憎むべき人を殺すか。オオカミという夢に喰われて死ぬか。それともジンテーゼを見出すか。
神は或る兎を——私を試しているのであろうか。