2022.11.07
今更ですが、考察なんてものは僻んだ見方の結晶体です。本気で受け取らないでください。
あとネタバレを含みます。
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0.昨日のおさらい:ミスター・ウルフの「弱さ」は何か?
昨日はミスター・ウルフの「弱さ」にフォーカスしました。
まず彼のバッドガイで在り続けた動機として、彼は多かれ少なかれ普通に暮らしたいが、人々の評価によって悪役として生きる他ないと考えていることを明らかにしました。
続けて彼の「弱さ」を明らかにしました。それは三点あり。自身の願いを裏切ってバッドガイで在り続けたこと、仲間を心の奥底から信じられなかったこと、そしてその両者についていずれも自分自身で気づいていなかったこと、です。
その上で彼が奥底に抱えている「弱さ」の正体は何か、という問いかけをして昨日は幕を閉じました。それを考えるためには、彼の心理について、もう少し考えを巡らせなければなりません。
そこで今日はその一助として、彼の「怒り」についてフォーカスしたいと思います。
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1.怒りとは何か?
怒りについて述べる前に、そもそも「怒り」とは何でしょうか?
一口に「怒り」と言っても様々な解釈がありますが、ここでは一般的なところを混ぜ合わせて、自身の何かが妨げられたことに対して発生する攻撃的な情動、としましょう。つまりは無意識下における自己防衛の一環として捉えます。
ここで注意したいのは、ウルフの自覚の有無は関係しない、というところです。ウルフが変化を拒んでいるというわけではなく、意識せず持っている自我があって、それを無意識のうちに守るために怒りを生む、と考えるのが適切です。
これを言っておかないと、彼が単なる駄々っ子のクズになってしまいますからね。
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2.ウルフが怒りを顕にした場面:4シーン
この前提の下で、ウルフが怒りを顕にした場面を振り返ってみたいと思います。僕は四つある、と考えています。
一つ、冒頭ダイアンがメディアの前でバッドガイズを小馬鹿にする場面。
一つ、ダイアンに「傲慢なのか臆病なのかはっきりしてよ」と言われ、臆病を否定する場面。
一つ、善の祝祭後、マーマレードに騙されていたことが判明し、さらに知恵比べに負けたと散々煽られた場面。
一つ、収監シーンで、バッドガイズに戻りたくないことをスネークに詰問され、仲間もお荷物かと問われた場面。
これについて、それぞれ見ていきたいと思います。
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3.第一の場面:ダイアンにバッドガイズを貶されるシーン
第一の場面、第二の場面は、怒りのメカニズムとして比較的分かりやすいでしょう。
まず、第一の場面。これは単純に馬鹿にされたので、尊厳を傷つけられている。その保護のための怒りです。たぶん、小学生が馬鹿にされて怒るのと根本は変わらないと思います。年齢とスケールが異なっているだけで。
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4.第二の場面:ダイアンに「臆病なのか」と問われるシーン
次に、第二の場面。これは二つあると思います。そして二つは似通っています。
一つは、臆病であることを認めたくがないための、反射的拒絶。つまり、自分が臆病であることを認めたくない、正確に言えば臆病である自分を受け入れたくないので、臆病でないと考えている自分を守るため、怒りという攻撃的情動によってそれを反射的に否定しているわけです。
昨日も申し上げた通り、これはどこかで自分の臆病さを感じていることの証左になります。臆病に過剰に反応しているのですから。自分が臆病であることを打ち消そうとして、彼は怒っているのです。それこそが彼自身の「弱さ」でもあります。可愛いですね。
そしてもう一つは、人々が自分を受け入れてくれないという諦観、そして悲しみの裏返し。続く彼の台詞から、それは読み取れます。彼は「多くの物語でオオカミは悪役」「疑わしきは罰する」など、自分が悪役のままで居るべき根拠を述べています。しかしそのどこにも、彼の考えはありません。つまり、彼は変わりたいと思っているが、人々は受け入れてくれないので、自分は悪役に留まらざるを得ない。
しかしきっと彼の性格上、そんな諦観や悲しみを素直に受け入れることは出来ないのでしょう。そんな彼自身だから、自分の「弱さ」を愛することが出来ない。そこで彼はその諦観や悲しみという自分自身の「弱さ」になってしまうものを打ち消すため、つまり自己防衛のため、怒りを見せたのです。
要は、二つとも「弱さ」の否定なのです。それが反射的なものかそうでないか、その違いだけであって、どちらも彼が自分の「弱さ」を受け入れられないがための怒りです。
こう考えれば、ダイアンが愛おしそうに眺めているのも納得できますね。めちゃくちゃ可愛い。
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4-2.補足:彼の性格について
彼の性格は後日詳しく述べようと思いますが、たぶん、自分が強くなければならないと思い込んでいるタイプです。自分は気丈に、華麗に振る舞わなければならない。他者に求められる自分でなければならない。だからこそ、彼は「弱さ」を受け入れられないし、自覚できない。
そういう性格だと思って見てみると、何となく彼の人物像が一貫しているように思われます。自分が「強さ」の結晶体だと信じて疑わないダイアンとは完全に対極ですね。また、そんな彼だからこそ、「弱さ」そのものであるスネークと親密な交友関係を築けたのかもしれません。
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5.第三の場面:マーマレードへのブチギレシーン
さて、第一の場面と第二の場面は比較的考察も容易でした。しかし第三、第四の場面は、そう簡単にもいきません。
まず第三の場面ですが、彼は劇中で唯一、ブチギレています。上下の歯を剥き出しにし、犬歯を丸見えにしてまでマーマレードに怒鳴り散らしているのです。オオカミとしては最大級の攻撃表示です。手錠が無ければ、あのまま喰らっていたのではないでしょうか。理性を忘れるほどに彼は怒り心頭だった。そう解釈するのが良いでしょう。
では、それは何故でしょうか。動機そのものの構図は二つであると考えて良いでしょう。
一つは騙されたことで自らの尊厳や展望等ありとあらゆるものが破壊され、その破壊を直視できないがために生じた怒り。騙されるということは、自らの信じていたもの、今後、尊厳、そういったあらゆるものが壊されることになります。そして、それを人間が突然受け入れることは出来ません。相当に酷です。だから、怒りをワンクッション挟んで、一旦自分を守ります。そういう類の怒りです。
もう一つは侮蔑によって侵された尊厳の保護。普通侮蔑というのは、在るべき自分の像を徹底的に貶められるので、自分を守るために怒りを生みます。これもそういう類のものです。
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5-2.なぜウルフはマーマレードに対して激怒したか?
しかし、これだけでは彼が激怒する理由に成り得ません。彼は基本的に冷静ですし、犯罪に精通している以上、感情を抑えるのも得意であると考えるべきです。それでもなお、彼は後先考えず激怒してしまいました。激怒するに足る、他のものとは決定的に異なる何かが必要であると思います。そしてそれは多分、二点目の侮蔑の方にあります。
それぞれ見ていきましょう。一点目、つまり破壊からの自己防衛について。
彼の場合、破壊されたものがあまりに大きすぎるのです。それは「普通に暮らしたい」「人々に受け入れてほしい」という、長らく持ち続けてきたであろう彼の願いです。
そしてマーマレードのおかげで、彼は最終的にその願いを実現しようとしていた。逮捕されたマーマレードを呼んでくれ、と連呼しているあたり、本気でマーマレードを信じていたのでしょう。しかしそれは叶わず、一生牢屋の中で、しかもすべては罠だったと気づいた。つまり彼は彼自身の願いを、そしてマーマレードへの信頼を、完膚なきまでに破壊しつくされてしまった。
ただし、これでは激怒の要因として不十分です。事実、ウルフは騙されたと気づいた時点でまだそこまで怒ってはいません。まあ、彼も人をよく騙していたのでしょうから、それ自体はある程度許容できるところもあったのではないでしょうか。
彼が決定的に激怒するのは、二点目、つまり侮蔑からの自己防衛のところです。
マーマレードは真相を話した後、彼の気にしていたこと、つまり人々によるオオカミへの偏見を徹底的に突きます。その偏見とは、オオカミが悪役で、しかも知恵比べの末に倒される愚かな生物、ということです。
そしてウルフ自身、それを長らく気にしていたのでしょう。冒頭で「作品の中でオオカミは悪者」と自白しているのですから。そしてウルフはそれを打開しようとした。
それが失敗したのです。失敗した後に偏見を改めて強調するというのは、お前の「普通に暮らしたい」などという願いは取るに足らない、物語はオオカミの在るべき姿を示している、そう伝えていることになります。
つまり、願いを破壊されただけでなく、彼は願いそのもの、そして「普通に暮らしたい」と願う自分自身が否定されたわけです。
自分自身の否定ほど酷なことはありません。しかももっと残酷なことに、現実はそうなっています。彼は知恵比べに負けて悪役の汚名を着せられています。そんな過酷な現実を受け入れられるわけがない。
だから彼はマーマレードに対してブチギレたのだと思います。「普通に暮らしたい」と願う自分自身そのものを現実が否定する。それから自分を守るために。
だからあの場面ではマーマレードの行為そのものに対してではなく、現実そのものに対する怒りがマーマレードに移ろった、と見るべきでしょう。知恵比べで負けた愚かな悪役。その現実を、マーマレードは自覚させるよう掻き立てたに過ぎません。
こう考えてみると、マーマレードの煽りはよく出来ています。一見小学生のような侮辱ですが、ウルフに対しては極めて有効な手段だったわけですね。
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5-3.ブチギレ時の他メンバーたちの様子について
ところで、よくよく見ると、ウルフがブチギレたシーンで、後ろの仲間たちが皆仰天しています。単にオオカミの圧に押されたのだと思いますが、他にも色々と考えられるところはあります。
一つは、彼があれほど自分の感情を顕にしたのを見て驚いた。ここで、彼が普段どれほど感情を抑圧しているのか、僅かながら推し量ることが出来ます。まあ、劇序盤のように、普段はクールなオオカミなんでしょうね。それがあんな牙剥き出しにして激怒していたら、面喰らうと思います。
あるいは、もしかしたら彼が何故あれほどにまでブチギレているのか、分からなかったのかもしれません。
老婆の話を知らないから、というのもあるとは思います。が、それ以上に、ウルフが願いを誰にも話していなかったことが大きいように思います。自分がバッドガイなのは人々が自分を悪役にするから。でも自分は普通に暮らしたい。そういう彼の素朴な願いを、たぶんメンバーは知らなかった。
だからこそ、マーマレードの子供みたいな煽りに激怒している彼の真意を測りかねたのではないでしょうか。マーマレードの煽り自体はオオカミに対する偏見そのもので、珍しくとも技巧的でも何ともないですから。
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6.第四の場面:「仲間もお荷物か?」と詰問されるシーン
これも複雑なところです。「仲間もお荷物か?」と詰問したスネークに対し、彼は「そうかもな!」と怒りながら答えます。
これだけ見れば、一見単なる逆ギレというか、周囲がバッドガイズをやめようとしないことへの焦りや不安から来る怒り、と判断することも出来ます。が、たぶんウルフはそういう単純な男ではありません。
とても難しくて、自分の中で腑に落ちたわけではないのですが——たぶんここでは、むしろ「お荷物」だとスネークが言ったことそのものについて、反射的に怒りを覚えたのではないでしょうか。
これを考えるときには、その前の場面も併せて考えると良いと思います。この前の場面。ウルフは初めて彼の「良い」側面を仲間にさらけ出し、そして仲間にも共感を求めます。しかし誰一人として頷く者はいません。むしろ、彼の親友たるスネークは怒りすら覚えています。ここで彼は初めて気づいたことでしょう。自分の願いはバッドガイズ全体の願いではないのだ、と*1。
そしてスネークが様々問い詰めます。結局は無実の罪で収監された。この世には怖がらせる側と怖がる側が居る。完璧な人生を壊したのはお前だ。バッドガイズに戻らないつもりか。スネークの詰問に対して、彼はだんだん尻すぼみになっていきます。バッドガイズに戻らないつもりか、と尋ねられたときには、もはや完全に黙っています。
黙る、ということは肯定も否定もしない状況になります。ここでは、肯定すれば仲間はきっと別れていく。しかし否定すれば自分の願い、そして何より変わろうとしている自分そのものを否定することになる。彼はそういう、二つの板挟みになっていたのです。バッドガイズの仲間と自分。その板挟み。どちらも同じように大事で、どちらも同じように失いたくない。内心混乱していたのだと思います。そして彼は肯定も否定も出来ないで、ただ黙って立っている。
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6-2.ウルフの心理が分からない
ごめんなさい。やっぱり色々考えても、これがどうして逆ギレに至るのか、いまいち理解できていません。仲間が自分の願いを受け入れてくれないことに耐えきれなくなったのでしょうか。それで吐き捨てるかのように「そうかもな!」と言ったとか。一応筋は通ります。
あとは、スネークの畳み掛けるような詰問で初めて自らがバッドガイズを破壊してしまったと気づいて、その自責の念に耐えられなくて、反射的に仲間を捨てるような発言をした、とか。
そこらへんの複合的要因なのかもしれません。とにかく、ウルフは板挟みの中でもなお「グッドガイになりたい」という願いを貫いた。彼にはもう、それほど捨てがたい願いだったのです。それが結果として、仲間との軋轢を生むことになってしまったのでしょう。
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6-3.補足:「そうかもな!」の力について
ちなみに、彼が板挟みになっていたのは台詞からも明らかです。
「そうかもな!」の場面ですが、英語では
‘Maybe you’re!’
と言っています。決して断言はしていません。それどころか、maybeなので半々、と言ったところでしょうか。つまり内心動揺し、板挟みになりながらも、仲間を決して見捨てたりはしない。こういうところがウルフらしいですね。
しかし、やっぱり仲間からはショックですよね。自分たちのことをお荷物だと考えているかもしれない。長年付き添ってきた、しかもリーダー的存在のウルフからそう思われたら、誰だって驚きますし、離れたくもなると思います。とりわけ、スネークは。
ちょっと時間と体力の限界なので、続きはまた明日。