まどどブログ

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2022.11.14 『バッドガイズ』ミスター・ウルフについて⑦ / 彼は何故「愛してる」と言えなかったのか?

2022.11.14

 

  • 0.昨日のあらすじと補足

 さて昨日は、ミスター・ウルフの人物像について触れました。その中で、彼は善の祝祭のときから、徐々に彼の「クールでキザな悪いオオカミ」という外見が崩れつつあることを指摘しました。

 ところで、昨日の記事に補足です。彼の言動について、Twitterで興味深い考察を発掘しました。元のツイートを見失ってしまったので、ここでは概要だけ。

 彼はマーマレードにブチギレたとき、真っ先に「ぶっ殺す」と言っている。普段あれほど洒落た言葉遣いをしているのに。普段口の悪いスネークがウルフに対して怒ったとき「謝れ」と言っているのとは対照的だ。やはりお互い、取り繕っている部分があるのでは。そういう考察です。

 目から鱗でした。異論を挟む余地がありません。確かに怒りというのは人間の本性を暴きます。彼らが普段取り繕っているのはそういうところからも明白であった、というわけです。

 ところで本日は、最終盤、なぜウルフが「愛してる」と言えなかったのか、について考察したいと思います。

 

 

  • 1.ウルフは「愛してる」と言うつもりだったのか?

 まず、彼はそもそも「愛してる」と言うつもりだったのでしょうか。あの場面では、スネークが「俺も愛してるぜ」と言っています。ウルフはただ ‘I’ を繰り返しているだけで、必ずしも「愛してる」と言うとは限りません。本当に彼もまた「愛してる」と言うつもりだったのでしょうか?

 私はたぶん、そうだと思います。明確な根拠があるわけではないのですが、あの場面でスネークがなぜ「俺も愛してる」と言ったのか考えれば、なんとなくウルフもそう言うつもりだったのかなあ、と感じます。

 

  • 2.なぜ最終盤で「愛」を叫んだのか?

 そもそも、あの場面でスネークは唐突に「愛してる」と言ったのは何故でしょうか。めちゃくちゃ唐突ですし、仲直りを示すためだけであれば、敢えて「愛してる」と言う必要は無かったはずです。では、なぜ?

 私はこれを、「愛」こそ彼らの関係性そのものだからであると解釈しました。彼らの関係性は「愛」なしに成り立たないのです。だからこそ、「愛」の表明が彼らの仲直りには必要だったのではないでしょうか。

 まず、ウルフからスネークへの「愛」はわりと冒頭から明示されています。

 台詞で言えば、例えば序盤の自己紹介場面でウルフは

‘He’s a sweetheart. You’re a sweetheart.’

 と、一度述べた後にスネークの方に向き直り、敢えてもう一度言っています。いくら長らく付き添った相棒とは言え、他のメンバーにはこういう行動に一切出ていないことを考えれば、明らかに異様な感情表現であると言えます。

 また台詞に留まらず、ちょっとした表情の中でも、ウルフがスネークのことを如何に大切に思っているか分かります。例えば序盤の乾杯シーンで、ウルフがスネークに対して「おめでとう」と言う場面があるのですが、そのとき彼はただ笑っているのではなく、愛おしそうにスネークを見つめています。

 つまりウルフにとってスネークは、少なくとも唯一無二の存在です。

 次に、スネークからウルフはどうでしょうか。実はウルフの愛情表現に、彼は応えていません。特段の反応も示さずやり過ごしています。

 が、彼は直接言わないだけで、明らかにウルフのことを他の誰よりも大切に思っています。猫を助けた後のやり取りや脱獄後のやり取りなどを見れば明らかでしょう。スネークからウルフも相当に重い感情が向けられているわけです。

 以上から考えるに、彼らは冒頭からお互いに、深く「愛」で結ばれているのです。そして多かれ少なかれ、本人たちもそれに気づいていたのでしょう。根拠は無いですが、あれほど長い間相棒で在り続けて、互いの自身に対する「愛」に気づかないほうが不自然です。

 ところで彼らは一度、バラバラになってしまいました。そしてまた一つになった。そのとき、彼らが言うべきことは何でしょうか。仲直りをして、関係が元通りであるとお互いに認識し合うには、一体何を言うのが正しいのでしょう。

 単に「悪かった」と言うだけでは足りないと思います。彼らは元々かけがえのない相棒でした。単に互いが許し合うだけでは、彼らが再び元通りの関係となったという証明にならない。彼らの関係を互いに認識し合うことが必要だったのではないでしょうか。

 それこそ「愛」だと思うのです。お互いが思い合っているということを再確認することで、彼らはまた元通りの、いやそれ以上の関係を手に入れる。そのために、スネークは「愛」を叫んだのではないでしょうか。

 

  • 3.ウルフはなぜ「愛してる」と言えなかったのか?

 このことを考えれば、ウルフも恐らく「愛してる」と言うつもりだったのでしょう。それが彼らの関係性を示す合言葉ですから。

 しかし彼は言えませんでした。不思議なことです。彼のキザな性格上、そういうことはいくらでも言えそうですし、実際冒頭では ’sweetheart’ とまで言っています。しかしあの場面では彼から「愛してる」とは言えなかったのです。それは何故でしょうか?

 

  • 3-2.ウルフは自分に素直になった

 本題に入る前に、背景について。

 彼が言えなかった背景として、彼が「弱さ」を隠さなくなったというのは間違いなくあると思います。

 彼はもうバッドガイズのリーダーとして犯罪の中心に立たなくとも良いし、無理に「悪いオオカミ」を演じる必要もないし、そして何より、自分を取り繕う必要もない。その中で、彼が常時張っていた「クールでキザ」という部分すら崩れて、「愛してる」が言えないような情けなさを表に出せるようになったのだとは思います。スネークという大切な人の前では尚更、ね。

 そうですね。彼は「弱さ」を見せられるようになったのです。見せるようになった、ではなく、見せられるようになった、のです。改心や善行などを通して、彼が本来持っているであろう情けなさとか純粋さとかを取り繕う必要が無くなった。だから彼は「愛してる」の一つも言えない、本当の自分を見せても良くなった。こういうところはあるんじゃないでしょうか。

 要は自分に素直になったのです。クールでキザなのももちろん彼の性格でしょうが、それ以上に彼の情けなさ、いじらしさ、そういうもう一つの彼の側面を、彼は素直に表現できるようになったのだと思います。

 ただし、これでも、肝心の「愛してる」が何故言えないのか、という問いへの答えにはなっていません。情けなさを見せられるようになったことは、実際に情けなさを見せることの説明になっていません。直接の動機ではないのです。

 なぜ、スネークに「愛してる」と言えなかったのか?

 

  • 3-3.考えられる理由①:スネークの拒絶が怖かった?

 ここで「言えない」という現象の裏の心理について考えます。「言えない」という現象の裏には、二つの心理があると考えます。一つは、言うことで何らかの反応が起こるのを恐れた。もう一つは、言うことそのものに対して何らかの感情を抱いていた。

 具体的に考えます。まず前者について。この場合、スネークに否定されるのが怖かった。喧嘩別れした後ですから、ちょっと罪悪感を抱いている可能性はあります。そこで「愛してる」と言って、スネークから拒絶されるのが怖かったのかもしれません。彼はどこか、他者からの拒絶を恐れている節があります。

 ただ、どうなんでしょう。スネークの様子は怒りや憎しみを抱いている様子でもなく、明らかに穏やかで許しているように見受けられました。あの場面で「愛してる」と言って拒絶されるとは、ウルフ当人の視点から見ても考えにくいでしょう。普通なら。

 

  • 3-4.考えられる理由②:恥ずかしかった?

 では後者について。この場合、気恥ずかしかった、ということが考えられます。いくら相棒であると言っても、堂々と「愛してる」と言うのは気後れするものでしょう。誰だって「愛」を直接的に伝えるのは恥ずかしい。文化が違うとしてもね。あるいは、自分の心情を顕にするのが恥ずかしかったとか。

 でも不思議な話です。普段、あれほどキザで気前よく振る舞う彼が、どうしてあのときばかりは人並みの気恥ずかしさを抱いていたのでしょうか。彼ならば、特段に恥ずかしいとも思わず、素直に言ってしまいそうなものです。

 また恥とは、簡単に言えばきまり悪く思うことです。あの場面できまり悪く思うことなど、スネークに対して他にありません。結局、ここで恥ずかしさを覚えることは、一点目の「スネークに対する拒絶」に近いものなのです。

 では、なぜ?

 

  • 4.ウルフはスネークをどうしようもなく愛してしまった?

 ぶっちゃけ分かりません。

 が、一つ思ったのは、ウルフの中でスネークがどうしようもなく分たれ難い存在に変わってしまったのかな、と。

 よくあることですよね。離別を経て、仲間の大切さを思い知るという展開。そしてウルフは元々以上にスネークを愛しています。それが離れ離れになって、より一層深まったとすれば、なんとまあ、恐ろしい。彼はスネークをどうしようもなく愛してしまった。そして、もう二度と離れたくなかった。

 もちろん妄想です。が、一応こう考えれば、筋は通ります。何が何でも離れたくないのであれば、99.9%受け入れてくれると知っていても「愛してる」なんて言えない。たった0.1%でも可能性がある、スネークからの拒絶が怖くて。あるいは拒絶されることを考えたら、きまり悪くなって。

 要は、もう二度と別れたくないからこそ、彼は「愛してる」とさえ気軽に言えなかった、ということです。

 おっも。仮にこれが正しいとしたら、マジで激重感情ですね。

 

  • 5.スネークはなぜ「愛してる」と言えたのか?

 ところで、ひねくれ者だったスネークはどうして「俺も愛してるぜ」と素直に言えたのでしょうか。それは彼が今まで、ウルフの感情を素通りしてきたからだと思います。

 前述したように、ウルフは冒頭からスネークに対して相当気にかけていて、 ‘sweetheart’ のように実際口に出してもいました。しかしスネークはそれに対して、特別な反応を返していません。内心どう思っているかは別として、彼の前では不機嫌にやり過ごしてきました。スネークはウルフの「愛」を素通りしてきたのです。

 しかしスネークも変わりました。彼は成長したのです。そして彼は、他人に素直になりました。だからウルフに素直に「愛してるぜ」と言えたのです。それがスネークの成長ですから(どのように、どうして変わったのか、について述べたい気持ちは山々なのですが、そのためには俺の人生をまた一週間以上バッドガイズに捧げなければなりません。そろそろ自分のやるべきことに戻りたいので、これは割愛します。気が向いたらね。)。

 

  • 5-2.ウルフもスネークも成長した

 この意味では、ウルフにはむしろ言えないことが成長なのでしょう。

 ウルフはずっと他者に素直で自分に素直じゃなかった。これが自分に素直になった。そしてウルフの持っていた「自分」というのは、情けなさとか動揺とか、そういうものです。

 だから、あの場面でウルフはスネークに言えなくて良いのです。ウルフは自分に素直になった。そしてスネークはウルフに言わなければなりません。スネークは他人に素直になった。

 

  • 6.今日のまとめ

 今日はウルフが何故「愛してる」と言えなかったのか、について述べてきました。

 ここで、背景として、ウルフが自分に素直になり、自分の本来持っている情けなさなどを見せられるようになったことを述べました。そしてその上で、

・スネークに拒絶されるのが怖かったから

・恥ずかしかったから

という二つの理由を提示しました。ただ、どちらも普通であれば理由にならないので、よくわからない。

 その果てに、あくまで妄想として、ウルフがスネークをどうしようもなく愛していて、もう二度と離れたくないので、スネークに拒絶されないと分かっていても、100%ではないために言えなかったのではないか、という仮説を提唱しました。

 なお、ウルフが言えなかった理由とは別に、スネークが言えた理由については「彼が他人に素直になったから」と結論付け、両者ともに成長した結果があの「愛」を叫ぶ場面に繋がっていると考察しました。

 さて、上記及びこれまでの議論を踏まえて、明日はバッドガイズ考察週間の最終日とします。明日のテーマはこちら。

「ミスター・ウルフから見た『バッドガイズ』のテーマとは何か?」

 それでは、また。

 

  • 7.彼らの「愛」とは一体何か?

 ところで、彼らの「愛」とは一体何でしょうか。

 監督が言うように、友愛なのでしょう。あれに恋愛的な、個の融解への欲求は感じられません。お互いがお互いを尊重している、唯一無二の存在。その程度に留まっているものだと考えたほうが自然です。深くてブロマンスじゃないでしょうか。

 が、同時にあれはとても危険です。依存に近いものがあります。両者ともに。まだ恋愛感情であったほうが健全であるとすら思います。友情にあれほどの代替不可能性を付加して、万一相手に恋人が出来て、自分よりも大切な存在が出現したら、一体どうするんでしょう?

 ぶっちゃけどちらも同じように危険だと思いますが、現実的にはスネークのほうが危険です。年齢的にも容姿的にもモテないでしょうし、かつ性格的にこじらせそうなのはスネークです。

 ただ、スネークに想い人が出来たら、ウルフはどうするんでしょうね。クールかつキザな性格で乗り切るのか、それとも乗り切れないで情けなさをダダ漏らしにするのか。個人的に、後者は見たくないものです。