まどどブログ

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2022.12.06 日本人における大本営精神とトレンディについて

2022.12.06

 

 やっと茶番が終わった。サッカーの軛から我々は今日を以て解放された。政府は本日を解放記念日と定め、祝日としなければならない。ドイツに対する勝利の日では断じて無く。

 

 それにしても不思議なもので、どこのメディアを見ても此度の敗北を「健闘」と表現している。

 ところでこの単語を知っているだろうか。玉砕。転身。もちろん知っているだろう。かの愚かな大本営が好んで用いていた言葉である。彼らは全滅のことを玉砕と呼び、大敗のことを転身と呼んだ。そうして国民の批判を躱していた。もしかしたら、戦地において「奮闘」された兵士への同情も、この単語には含まれていたのかもしれない。散々戦ってくれた英霊を批判するのは可哀想だ。玉砕や転身といった誇り高き言葉で御霊を鎮めん、と。

 仮にそうだとしたら、いくら何でも望んで消費した資源に対して同情を示すのは狂気の沙汰であるとしか言いようが無い気もするが、ともかく、此度の報道で私はその可能性をも想起させられた。だって敗北のことを「健闘」なんて美辞麗句で誤魔化すのは、大本営発表と同じでしょ?

 しかも此度はメディアが自主的に。セルフ大本営発表というわけだ。楽しそうで何より。

 

  • 貴方は一週間後にもサッカーのことを覚えていますか?

 相当にフラストレーションが溜まっているようだ。どいつもこいつもサッカーの話ばかりしていたものだから、表現に角が立った。反省したい。

 無論、サッカー選手の健闘には敬意を表したい。彼らは確かに努力した。努力しないはずないだろう。それが彼らの仕事なのだから。努力して実績を残すことこそが彼らにとって生計を立てる方法である。それ以上でもそれ以下でもない。努力量が我々の何億倍にも上るだけで、我々と根っこでは同じだ。それほどの努力を厭わない精神には確かに崇敬の念を抱く。が、それを不用意に、しかも敗北という事実を覆い隠してまで称賛するものでもない。

 何が言いたいか。私はサッカー選手やサッカーという競技そのものではなく、それを特段の思い入れも無く利用し、他者に押し付けさえする者共に極めて腹が立っている。つまり俄仕込みの熱狂を見せているやつが憎たらしい。どうせ数日後にはサッカーのことなんて忘れているんだろう。よくもまあ、そんな浅い思い入れで多くを語れるものだ。深く愛しているものであればいくら時間があっても足らないんだろう。

 ああ、本当に憎い。私も含めて。一週間、多くて数ヶ月経ってしまえば忘れるようなことに振り回されるその愚かさが、本当に本当に不快だ。その数ヶ月の連続で人生を終えるつもりだろうか。つまらない人生だ。そうして何にもなれずに死んでいく。ああ、本当に嘆かわしい。

 私だって彼らを批判できない。同罪だ。絶望を知らぬまま死ぬ。私は絶望すら諦めてしまった。