まどどブログ

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2022.12.22 飽き性と継続について

2022.12.22

 

 

  • 物事は毎日取り組むべきか?

 継続は力なり、という諺がある。要は継続して何かを続けていれば必ず実を結びますよ、ということらしい。

 もちろんそうだ。むしろ、これは基礎的なことを述べているに過ぎない。何事も継続しない——即ち中止されれば果実を成すことはない。だから継続しなければ成果はそもそも発生し得ない。

 こんなことを有難がって述べているような連中ほど、日本語を理解できない者は居ない。これを自慢げに述べて良いのは、日本語を勉強したての幼子か、外国人に限る。

 それはさておき、この諺を拡張して「毎日何か決まったことに取り組みましょう」という者も在る。それもまた確かに正しいのだろうが、少なくとも私には難しい。飽きてしまうから。

 

  • 飽き性たる私の「継続」への向き合い方

 このブログの記事を遡れば明らかなように、私は日によって熱意の差が著しい。具体的には、一日に三千字記すときもあれば、一百字に満たないこともあるので、日によって三十倍以上の熱意の差があることになる。それは何故か。

 飽きてしまうのだ。何かに毎日取り組んでいると、徐々にそれによって得られる刺激が薄れ、やがてゼロになり、飽きる。飽きたらあとは惰性で動き続けるボーリング球のようなもので、何となく進む。ただし原動力はもうどこにもないので、進みは遅い。こうして私は飽きる。飽き性が毎日何かに取り組むのは難しい。

 では、私はどうしているか。飽きたら一日空けている。だいたい飽きてくると倦怠感が身体を支配するもので、その感触をキャッチしたら、一旦その場から離れる。そしてまったく別のことに取り掛かる。全体的に身体の重いときは動物の動画で一日を済ませることもある。とにかく、何か他のことに心を移す。そうして一日を過ごし、起きてみると、あら不思議、飽きていたはずのものがなんだか楽しく思えてくる。基本的にこうやって生きてきたし、これからもそうするつもりだ。

 

  • 仕事に飽きは通用しない

 ただし、これは趣味にのみ通用する。仕事に飽きは通用しない。仕事は飽きていようとも熱中していようとも、毎日コンスタントに一定の品質のアウトプットを生産しなければならない。品質のばらつきは極力避けなければならない。飽きたので一日置きたい。基本的に出来ない相談だ。少なくとも、一日を無で終えることは許されない。

 これが困りもので、四苦八苦している。今まで毎日何かに取り組んできたことすらないのに、ましてアウトプットを生産することなど、エベレストよりも遥かに険しい。方法も確立できていない。参った。どんな道を歩むにせよ、この山は越えなければならない。