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2022.12.23 嗜好物としての映画について

2022.12.23

 

  • 映画:依存性の高い嗜好物

 映画というのは理論上、酒や煙草よりも中毒性の高い嗜好物であると考えている。厳密に言えば、つい二ヶ月前に映画中毒に成り果てた私が、そのたった二ヶ月の経験と、私の酒や煙草に対する経験とを比べた結果、映画は理論上中毒性の最も高いものである、という結論を得たものである。

 どのように?

 

  • 現実逃避としての有用性

 そもそも依存性とは何が決定するか。それは現実逃避に対する力強さである、と私は考えている。基本的に現実というのは醜く、見るに耐えない。その現実から逃れるために人は嗜好物に手を染める。故に嗜好物は現実逃避に対して強力に働くものが望ましく、人はそのような嗜好物に囚われることとなる。

 映画はどうか。とても強力に働く。良質な作品であればあるほど、我々は現実そのものを忘れ、その作品の世界の目撃者となる。つまり現実そのものから逃れることが出来るのだ。これは酒や映画にも与えられていない、映画特有の力であろう。酒や煙草とは結局、現実のものなのだ。

 

  • 与えられる恍惚

 映画は強力な現実逃避剤であるに留まらない。映画は我々に感情すらもたらす。映画の世界に入り込めば込むほど、映画の場面と私の感情の起伏とが一致し、映画によってあらゆる感情を経験する。主人公がピンチのときには緊張が身体を走るし、主人公が悲しむ際にはなんだかブルーな気分になるし、主人公が恋に落ちるときには高揚感がほんのりと伝わる。こうして我々は恍惚を映画によって手に入れる。

 ほろ酔い気分、とはまた異なる。ほろ酔いは理性とまったく異なるところから来ており、どこか自身を上書きするような恍惚であるが、映画は明らかに理性のものであるため、自身と一致した恍惚が得られる。

 

  • 肉体的、精神的負荷の微弱さ

 このように現実からの逃避行として極めて有用である映画は、なんと驚くことに、肉体や精神に対し殆ど無害である。これは他の嗜好物には見られない、恐るべき事実である。

 酒や煙草は実際に肉体や精神を蝕む。何も依存症に限らず、例えば現実を失うほど*1酒に溺れれば嘔吐によって苦痛を味わうことになるし、煙草を少しでも吸うと喉は痛み咳き込む。このようにして、酒や煙草は基本的に何らかの苦痛を味わうことになる。

 映画にはそれがない。多少、目や脳の疲労感を覚える程度だ。少なくとも、その代償に比して得られる褒美は、他のどの嗜好物よりも大きい。

 

 このようにして映画は依存性の最も高い嗜好物となる。

 ただし、リスクが無いわけでもない。時間である。

*1:なお、これは現実逃避ではなく意識混濁である。自我を失うことと自我を保って現実を忘れることは似て非なるものである。