まどどブログ

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2023.01.17(残348日) おっさんについて

2023.01.17(残348日)

 

 

  • 「おっさん」とは何か

 この世において最も嫌悪されるものは何か。ゴキブリであろう。では、次いで嫌悪されるものは。

 おっさんである。おっさんはこの社会において明らかに不要である。職場の「おっさん」、家庭内の「おっさん」、あるいは友人の「おっさん」、すべて要らないだろう。とにかく「おっさん」はキモい。何も生産しない時点で、その場で廃棄しても良いというのに、悲しいかな、多くの男性は「おっさん」となってしまう。

 ここで考えたい。そもそも「おっさん」とは何か。あくまで帰納的に「おっさん」の定義を求める他ないのだが、思うに、「おっさん」とは過去を護り現在を否定する者であるように思う。例えば自分が未だに魅力を失っていないと考えて異性に迫る「おっさん」。それは過去の自分だけを見つめていて、今のすっかり萎えた自分——複雑な意味においてである——を無自覚に否定している。あるいは今の若い者を糾弾することだけが趣味の「おっさん」。それも過去の、自身の輝いていた時期をのみ大切にして、現在の流行を否定している。さらに傲慢に振る舞う「おっさん」。一見現在の自分を愛しているように思えるが、実情はそうではなくて、過去見ていた理想的な自身の像を投影しているのであって、現在の実情、つまり自分の客観的評価を一切否定している。

 他の「おっさん」も同様である。政治に一家言持つ——しかも何の役にも立たない——「おっさん」。夢見る「おっさん」。無礼な「おっさん」。すべて「おっさん」とは過去にしがみつき、現在を蔑ろにする者のことである。哀れなことだ。

 

  • 「おっさん」にならないために

 このように考えることで、男性諸君よ、我々が「おっさん」にならないためにはどうすれば良いか、その方策が自ずと浮かんでくることだろう。

 簡単だ。現在を見れば良い。現在を否定しない。温故知新という言葉があるように、自身の持っている過去は大切にしつつも、現在についてもまた一興として受け入れる。落葉が上流から下流へ流れていくのを眺めるようにして、過去と現在とを思い浮かべ、時の流れを趣深く眺めて楽しむ。過去の思い出話をしつつ、現在のことについても興味深く聴き、周囲の、そして自分自身の現在地を確かめる。

 要は現在こそ要なのだ。現在を愛していれば、少なくとも「おっさん」になることはないだろう。