2023.02.17(残317日)
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スマホ脳は良くない
宇宙イルカというものが在るらしい。知らない。聞いたことがない。
ところで昨今、スマートフォンの普及による思考力の低下が叫ばれている。不明であることは速やかに調べてしまうので思考力が徐々に衰えているのだとか。確かに、経過を無視して解だけ求めるのが知的な行為とは言い難い。
ここで私は考えた。真っ先に検索するのではなく、まず考えよう、と。宇宙イルカとは一体何であるか、についても同様に。
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宇宙イルカの「宇宙」と「イルカ」とは何か?
そもそも宇宙イルカは「宇宙」と「イルカ」という要素に分解される。それぞれについて検討を進めなければならない。
まず、イルカとは何であるか。実際にイルカであるのか、イルカの形を模した何かなのか、あるいはイルカとは似ても似つかぬがイルカという名が冠されざるを得ない何かであったのか。動物であるのか星であるのか糞尿であるのか。色々と考えられる。が、ここでは議論の簡略化のため、イルカそのものであるという方向で考えたい。イルカでないものをイルカと名付けるような狂気じみた人間はそう多くないだろう。
次に、宇宙とは何か。実際に宇宙に居ることを意味しているのか、それとも比喩として宇宙を用いているのか。肉体的に宇宙であるのか、あるいは精神的に宇宙であるのか。宇宙が我々の考える「宇宙」と同義であるのか、あるいは例えば古代ギリシア人の考えていたような「宇宙」であるのか。その点についても判然としない。
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宇宙イルカ:過激派
面倒なので厳密な解釈を避け、単刀直入に私の検討結果を発表したい。
元来、イルカは知能の高い動物であるとされた。昨今では科学の発展も伴い、その知能の高さが経験としても、データとしても明らかになりつつある。イルカは各個体を名前によって識別し、会話を楽しみ、フグというドラッグを嗜み、そしてなんと歌にすら興じるという。その知能の高さは疑う余地はないし、彼らにも我々と同様の社会的思想があったとしても不思議ではない。
彼らの知能の高さを鑑みれば、当然、陸の存在、そして我々や他の陸生動物の存在を知っている者があったとしても不思議ではない。ここで彼らは考える。陸とは何か。海とは何か。
思惟の果て、一部はこのような思想を持つに至った。海とは宇宙である。そして陸とは、その宇宙から排除されたものであり、いわば無である。陸に住む動物など最初から存在せず、海に入ることによって彼らは初めて無から解放されその存在を得るのである。
このようなイルカは古来より存在していたが、我々人間が認知したのは最近のことである。我々は新規に発見したものについて名称を付与する傾向にある。当然これにも名称を与えなければならない。ではどうする?
これこそ宇宙イルカの真実である。海こそ宇宙と考える、過激なイルカ。
さて調べてみよう。
全然違うじゃん。なにこれ。スピリチュアル系?