2023.04.30(残245日)
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食肉のおきて
基本的に食肉とは残酷である。少なくとも、人道的ではない。故意に一つの生命を強制的に閉じているのであるから、それもかなりの暴力を伴って、冷酷に。人道を理性の道とするのであれば、この行為は明らかに理性から離れているのであり、よって、非人道的と解するべきである。我々の食卓に並ぶ肉とは、屍体をバラバラにしたものと他ならないのであるから。
そして我々は肉を喰らう。であれば、我々は肉を食すとき、必ず思い浮かべなければならない。頭をハンマーでかち割られ、内臓を引きずり出され、目ン玉を抉り出され、バラバラに分解された、牛や豚や鶏たちの残骸を。
それが嫌なら、一切の肉を食さないことだ。
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食肉に人道を求めるなら……
だというに、人間は牛や豚や鶏の非人道的扱いをやたらと糾弾する。最終的にバラバラに分解している時点で人道もクソも無いのであるが、やたらと生育過程を重視して騒ぎ立てる。あるいは、豚に食用以外の機能、例えば出産代替としての胎盤移植などを付与することも、やたらと毛嫌いする。
なんと愚かな。彼らに人道を求めるのであれば、そもそも彼らを殺してはならない。大豆ミートに代替するべきである。そして彼らの生殺与奪を自然に還元すべきである。それを成して初めて、彼らに対する人道的配慮を声高に主張できるのではないだろうか。それが為されない限り、つまり彼らが食肉である限り、如何なる主張にも説得力は生まれない。