2023.05.15(230日)
135日の経過。135:230=27:46
-
人が人として壊れゆくさま——滝のような
『1984年』を好むものとする理由。
全体主義とは何であるか。あるいは、人間は如何にして他者を隷属させるか。
そんなことはどうでもいい。それはこの小説において、まるでダイヤモンドである。ダイヤモンドも光がなければ視認できず、その美しさを見出すことも叶わない。この作品における光とは——希望の否定、人間としての生に対する絶対的な否定を与えられた主人公の、崩壊である。
終局に彼は笑みを浮かべる。自由を求め、愛を求め、そして闘争を求めた彼はすべてを失って、壊されて、そして笑みを浮かべるのである。彼はそのとき、壊れている。その儚さは、人を異様に惹き寄せる。自由の到達よりずっと、彼の破壊は人を耽美へと誘うのである。
あの作品に似ているものとしては、花というよりも、番うことの叶わなかった蝉であるかもしれない。
-
余談
この作品は私に教えてくれた。人間の壊れる様というのは、なんと澄み切っていることか。汚泥にまみれた人間であるからこそ、その壊れる様というのは、それら汚泥がすべて取り払われて、その人そのものが顕になるような、あるいは人間そのものを凌いでしまうような、清純さすら覚えられて、心地良い。
思うに、私の人間に対する異様なまでの無関心、冒涜、そして破壊衝動は、この作品に依るものであるかもしれない。人間が憎いのではなくて、人間の壊れる様に美を見ているのだ。