まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2023.11.27(残34日) 青春との訣別について

2023.11.27(残34日)

 

 十一月、30日のうち27日の経過。残り3日。10.0%。

 一年、365日のうち331日の経過。残り34日。9.32%。

 

●Sunshine

 クリスマスはすぐそこにまで来ている。一年は遂に10%を切った。私たちの2023年は既に終わりつつある。

 若者たちはなぜ若者とされるのか。

 それは夢を語るから。

 若者は夢を語る。夢とは、無責任な自信であり、自己陶酔である。自身の限界を、あるいは代替可能であることを知らないがゆえに、若者は未来に無限大の、おぞましいほどの誇大妄想を見出す。それが夢の正体であり、また若者が若者であるゆえんである。

 しかし現実は寒い。紅葉が落ちて乾いていくのと同じとき、人は夢から醒める。

 このとき、人はどうするのだろうか。

 二つ、道があるだろう。一つは絶望に生きる道。自身の無意味を悟ったとしてもなお受容できずに、無意味に空虚な意味を見出そうと藻掻き続ける。例えば家族を設けてみたり、例えば出世してみたり、例えば女遊びに没頭したり。いくら藻掻こうとも乾いた落ち葉は決して青さを取り戻さないというのに、偽の青さに身を堕とす。

 これを人は大人と云う。

 ではもう一つは?

 やるべきことをやるのである。

 現状を疑わない。自身のあるがまますべてを受け入れ、盲目的に、それこそ信心と同等に、自身の人生に没頭する。苦境であろうとも、疲弊していようとも、眠かろうとも、構わない。ただ、やるべきことをやる。それが眠りであろうとセックスであろうと趣味であろうと仕事であろうと、構わないのである。やるべきことを、自身が本能的に見つけた進むべき道を、疑うこともなくただ、突き進む。落ち葉であり、風であることを、既に彼は知っている。知っていながら、彼は青葉であったときと同じように、また落ち葉であるのである。

 人間として生きるということはこのことなのだ。彼の人生の前には、どんな自戒も意味を成さない。ただ淡々と、やるべきことをやるのである。それが人生における風である。

 

 自問自答に意味はない。自省すら希薄だ。君はただ、在るべきように、風に流されるように、生きていればいい。

 そして在るべき姿を、君はきっと知っている。