まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2023.12.24(残7日) 三十歳の死について

2023.12.24(残7日)

 

 一年、十二月、残り7日。

 

●三十歳の死

 人間は三十歳にして死ぬ。

 死ぬのである。生殖のために生きている動物が生殖適齢期を終えたらどうなるか――死ぬのである。魚類であろうが哺乳類であろうが菌類であろうが、正しく死ぬ。生殖出来ぬ個体は即ち老い、老いた個体は忽ちに死ぬ。

 人間も動物である限り同様に、二十代で人間としての、動物としての価値は終わる。生殖に適しているのは二十代であるのだから、それが終われば三十歳にして死ぬ。死ぬべきであるというのに、人間は社会によって延命されている、延命させられている。肉体は三十歳を境に俄に衰えるのだと云う。これが死の他に一体何であろうか。我々は三十歳で死ぬ。それ以降の人生は人工的な、偽の生である。

 偽の生に永らえる魂もまた、同じく偽の魂である。人間は三十歳にして精神的にもまた、死んでしまう。彼に備わっていた活力は、個性は、あるいは諧謔は失われ、保身のみが彼を捉え、そして保身こそ彼そのものとなる。家庭を築く。趣味を極める。あるいは社会貢献に走る。すべて保身。すべて、偽の魂がその失われた渇きを癒すために行う、偽の熱情でしかない。誰かと違うから、誰かにとって必要不可欠であるから、そんな、他社依存の中においてのみ、偽の魂は生き永らえるのである。他者との関係性においてのみ彼は彼を保つ――彼は死んでいて、ゾンビは自立し得ないのであるから。

 

 人間は三十歳で死ぬべきである。そうでなければ死んでいるのに死ぬことも能わぬ。

 いつまでも人は人を愛せない。生殖するので人を愛するのであり、生殖せぬなら人は愛せぬ。それは異性愛者も同性愛者も同じ。

 私もまた数年で死ぬのだ。皆のように。命を絶たずとも命は絶たれる。