まどどブログ

普通の二十代前半男性が、夢を見るか、破滅するか。そんな人生ドキドキギャンブルの行く末を提供しています。

2024.01.08(残358日) 新しき年

2024.01.08(残358日)

 

 一月、31日のうち8日の経過。残り23日。74.2%。

 一年、365日のうち8日の経過。残り357日。97.81%。

 

 『新しき土』は面白かったよ!

 

●新年の御挨拶

 明けましておめでとうございます。今年は遂に年賀状が一通たりとも来ずに終わった。私の交友関係、推して知るべし。

 どうせ年始は怠けると思っていたのであるが、当たりであった。私はろくでもない怠惰な輩である。恐ろしいことに、私は死をも漫然と受け入れてしまうのかもしれない。

 

●今年の抱負と進捗状況

 今年の抱負は以下の五点。

①映画に触れる

 映画である。私は昨年、映画を殆ど観ていない。故に今年はしっかり観ようと決意した次第である。

 なお、現時点で観た映画は二本のみ。

②本を読む

 書籍とはインクの染みを重宝する紙である以上に、それを書いた者が確かに在る。我々が本に向かうのと同じように、その本を構成する文字の一つ一つを綴った者が、その紙面の前には確かに座っていたのである。それが三年前か、五十年前か、一千五百年か、それでも必ず書籍とは人の営みによって為されるものである。つまり、書籍とは、著者の肉声そのものなのである。

 それに気付いた者は幸いである。彼は孤独に苛まれることが無い。必ず本を開けば、そこには話者が座っているのであるから。

 というわけであるが、私は年明け、一文字とも本を読んでいない。御託と審美眼だけは確かだが、行動は何一つ伴わない。宗教家にでもなるべきであったか?

③語学を修める

 フランス語である。ドイツ語である。ロシア語である。欧州語を私は使いたい。そのためには英語である。終ぞ習得することのなかった英語と私は人生において初めて向き合うのである。第二言語の習得を橋として、私は諸語に手を出したい。

 これについては比較的真摯に向き合っている。語学というのは素晴らしい。参考書が溢れかえっている。

④生きる

 興味深いことに、齢廿四にして私の肉体は私を貶めつつある。次起きたらもう歩けないかもしれない――そんな霧のような恐怖が、私を覆っている。歩けなくなれば? 死である。私はオオカミであるのだから。

 死という病は万人を別け隔てなく侵す。若輩者も老人も、乳児さえも、死には獲物に他ならない。それに気付いているか否か――悟る、というものはその程度のものでしかない。

 私は死を見ている。肉体が私を実践的に、死に向かわせた。故に、私は生きなければならない。一秒たりとも無駄にすることは出来ないのである。

 さて、この八日間、いったい何時間をXとYouTubeに費やしたでしょう?

⑤創る

 昨年は怠惰に生きた。死ぬことばかり考えていた。それは既に生物として誤っている。生物であるのだから、生きなければならない。そして怠惰に生きることが死を誘発するならば、怠惰は捨てなければならない。

 努力である。試練である。学生の頃を思い出せ。あれこそ私にとっての生である。無から一を創り出すこと――それに私は限りなく興奮を、生を覚えていたはずだ。

 死ぬのなら創れ。創らないなら死はやってくる。

 そうやって立派な抱負を語ろうとも、私は寝てばかりいる。潜在的に私は死んでいるのだろうか?

 

 総括すれば、私は既に死んでいる。

 しかし生きる他にはないだろう。